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29

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東京マラソンの結果

手許の時計で5時間53分でした。

フルマラソンはこれで6回目くらいの完走ですが、ワーストタイムです。

でも、まぁ、今回参加するにあたって、とにかく完走を目標としていたので、それに対して綿密なレースプランをたてました。

20kmまでキロ7分。そこから先はキロ10分。

ええ、そうです。最終防衛ラインはキロ10分だ!

という意気込みでしたが、わりと思い通りのレース展開になりました。
マジでキロ10分キープはつらかったけど(笑)

やはり東京マラソン自体は、他の大会とはなんか違うこともあって、かなり気持ちがいいです。
あとブログ村の大応援団もありがとうございました。

ダダが何体かいて、その中の一体とハグしたんだけど、あれは誰なんだろう?

ゴールしたあと、しばらく動けなくて、帰り道もつらくて、やはりグリーン車で帰りました。
ハセツネの後は、普通に歩いて、その後は自分で車を運転して家に帰れたのにな。

フルマラソンってハセツネよりつらいな。

この東京マラソンに向けて、明確な目標を立てて、そこへ向かって日々練習してきた方々がけっこういらっしゃって、その方々のことがとても気になっていました。

僕自身、東京マラソンに参加する意味を見失っていたけど、彼らと同じ舞台で走れるのは楽しみなことだなと思って、やはり参加しようと思いました。

自分の目指した結果を得られた方、思い通りのレースをできなかった方、いろいろあると思うけど、いずれにせよ自分の限界目指して挑戦する姿、それを東京マラソンという大舞台で挑戦できたってことは、かっこいいことだと思うよ。

で、思い通りの結果を得られなかった方々は、このアレキの結果を見てホッとしろ!って思うね。
キロ10分キープって何?ってね。
でもキロ10分マジでつらいけど(笑)

ただ、この6時間切りあたりにもちょっと信じられないくらいたくさんのランナーがいるし、この時間でも沿道の応援はゴールまで途切れてなくて、だから寂しくなくて、悲壮感みたいなものはなかった。

地味で苦しい修行の時間が6時間っていうのはつらかったけど。

たぶんだけど最低でも月間100㎞は走ってないとフルマラソンは走っちゃダメだな、と思った。

とにかく、東京マラソンに参加できて、そして完走することができて、よかったです。
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28

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悪魔よ、俺の後ろにつけ

ホワイト・ストライプスかっこいいよね。
アルバムタイトルが『悪魔よ、俺の後ろにつけ』ってさ。
やっぱ、邦題って必要だよね。

ロバート・ジョンソンの十字路の話から取ったんだろうけどさ。
悪魔に魂売っちゃうってやつ。

そんなわけでDNS含めていろいろ悩んでいたんだけど、まあ、とにかく行ってきま~す。

悪魔に魂売っちゃうほどではないにしても、使えるものは何でも使ってとにかく完走したい。

東京マラソンについては、やはり完走できる準備が出来ないのなら出てはいけないんじゃないかと思ってたんだけど、東京マラソンって制限時間が7時間あるんだよね。

東京の道を7時間フルに使わせていただこうと思ったら、少し気が楽になった。
とりあえず今はグリーン車に乗って快適に新宿を目指しているぜ。



あれ?使うところ間違えた?(笑)

今月の走行距離は本日現在、31㎞です。

僕のことはどうでもいい。

東京マラソンという大舞台で、記録更新を目指してシビれるレースを展開される皆さんのことを、応援しながら走ります。

あっ、いや、歩きます。7時間かけて。
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02

27

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ハセツネ2015レポ その8

道を下っていくと鞘口峠に着く。そのまま通り過ぎて真っ直ぐ上った道がハセツネのコース。
道の右側にはスタッフの詰め所のような場所が設置されており、そこには10人くらいのスタッフの方がいる。そこを下って行くと都民の森駐車場へ向かう道。

その反対の左側には窪みのようなちょっとした溜まり場があり、いつもそこにはリタイア寸前の人々が所狭しと寝ている。
実際に昨年の僕は、その溜まり場に倒れ込むように寝転んで、もう、やめた!と思っていると、そんな暗闇の中で寝ている人々の中から、でんさんが僕のことを見つけて、話しかけ、そして励ましてくれて、それで僕は何とか完走することができた。

ところが、今日はその溜まり場に、魂が抜けたように力尽きて寝ているランナーが誰もいないのだ。

よし、リタイアだと思ってにこやかに道を下りながら、多くのランナーが所狭しと寝ているであろう、その窪みに座り込んで、軽くこの一日を振り返ろうと思っていたのに、そこはただの窪みであり、人っ子一人いなくて、静寂と暗闇に支配されていたのだ。

全国のハセツネヘタレランナーの皆さんは今年はどこへ行ってしまったのだろうか?

この誰もいない窪みに立ち入ることにかなり躊躇したが、それでもハセツネヘタレランナーの筆頭(?)としてはこんなことでめげてはいられない。
僕は三頭山から苦しみながら下山している間に考えていた作戦を実行に移すことにした。

一人窪みに立ち入ると、寝転んだりはせずに、リュックを抱えながら体育座りをして、遠くをただただ眺めた。

もうリタイアする理由がないとか、そんなことはどうでもいいのだ。
自分からリタイアします!と言えないのなら、心配したスタッフの方から声をかけてもらう作戦だ。

優しく、どうしました?大丈夫ですか?と声をかけられたら、とても震えた寂しげな声で、もう無理です、リタイアしようと思います、と言えばいい。
だからただ休んでいるだけと思われないためにも、寝転がずに体育座りで遠い目なのだ。よし、完璧だ。

ところが、だ。

道を挟んで反対側に詰めているたくさんのスタッフの方々は、いつまで経っても話しかけてこないし、こちら側にもやってこない。
いつの間にか僕が石ころ帽子をかぶってしまったのかと思ったくらいだ。

そして、三頭山から下りてくるランナーの方々も、誰もこの場で座り込んだり、寝転んだりせずに、ただ真っ直ぐとコース上を進んでいく。
なんだ?オレのいるこの窪みは時空の捻じれか何かなのか?昨年までは大賑わいだったこの場所になぜ誰もやってこない?

下りてきたランナーが立ち止まると、スタッフの方の快活な声で、月夜見まではあと少しだよ、まだ月夜見の関門には間に合うし、月夜見まで行ければその先も関門は大丈夫、完走はほぼ確実だよ、と話している。

いやいやいや、そんな情報、僕はいらないのだ。
僕が欲しいのは、ただ優しく、大丈夫ですか?とそっと一言、声をかけられたいだけなのだ。

それなのにランナーの方々も、じゃあ、まだ間に合うんですね!と眼を輝かせながら、休みもせずに目の前の上りの道を上って行くのだった。

なんだ?なんだ、この、あきらめたらそこで試合終了ですよ(キリっ)みたいなスラムダンク的な展開は?
なんだ、このポジティブな人々は?くそっ、だいたいハセツネ関門が緩すぎるよ、ったく、もう。

そんなことを思っていると、先ほどの三頭山手前のベンチで一緒だった人が下りてきた。
彼が、まだ間に合うんですね!と言いながら目を輝かして先へ進んで行ったのを見て、月夜見か・・・。あと4km先の月夜見か。やっぱりリタイアするなら月夜見に限るね、の月夜見なのか、と思いながら立ち上がった。

休憩(0:15)
total time(12:57)

今日のレポ、1ミリも進んでいない(笑)
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26

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ハセツネ2015レポ その7

ハセツネ終了後にレポを書こうとしたときにはあまりに長くなりそうでうんざりしたけど、旬な話題でなくなったことで、かえって自由に書けるようになって、長くてもいいや、と思えるから不思議。

この勢いで、未完のチャレ富士とか北アルプスとか、書いてすらいない古河はなももとかキタタンとか書けるかなぁ。

まぁ、なにシレっとハセツネレポに集中してるんだよ、と思う方もいらっしゃるかもしれない。
世の中の流れを読めと、思われているのかもしれない。
旬な話題を黙殺しているだろう、おまえ、と。


+++++++++++++++++++++++++++++

西原峠をスタートすると上り基調のトレイルになり、そのまま三頭山への登山になる。もうトレイルランニングじゃない。登山だ。
昨年はすごくきつかった三頭山。三頭山避難小屋ではマボロシを見るまで40分も動けなくなった。
今年はもっとつらかった。まだキツい上りにもなっていないのにすでにフラフラだ。
まぁ、でも僕にはキリンメッツが待っている。今度こそリタイアしてキリンメッツを飲もう。目的が明確になるとなんとかなるものである。

相変わらずゼーハー苦しくて、立ち止まったりしながらゆっくりとしか上れないのだが、それでも『都民の森駐車場でキリンメッツを飲むアレキ』を想像しただけで、少しでも先へ進めるのだ。グレープ味か?グレープフルーツ味か?どっちなんだ?と思いながら上るのだ。

まぁ、でも三頭山だってそんなにあまくない。初めて三頭山に上ったときには途中の岩場で動けなくなり、このまま動かなくていいのなら本気で岩の一部になりたいと思ったものだ。この山は本当につらい。しかも夜だし。

三頭山山頂へ着く前に三頭山避難小屋があり、三頭山避難小屋へ着く前に名もなきベンチがある。
今までそんなベンチに見向きもしなかったのだが、今回はあまりにつらくてそのベンチに座って休んだ。信越でサクサク上れていた自分はいったいなんだったんだろう?と思った。

誰も座っていなかったベンチに僕が座ったからか、あとから上ってくる人たちが続々と座り始めて6人掛けのベンチがすべて埋まった。
2人組の男性が、ここまでやってきたらあと少しですよ!よくここまでがんばりましたよ!きつかったけどがんばりましたよね!と話していて、僕はその雰囲気を壊したくなくて、しばらく黙っていたのだが、その後のことを思うと、どうにも耐えられなくて、つい、あの~、ここでちょうど半分くらいですよ、と言ってしまった。

2人組だけでなくベンチに座っている人全員がギョッとしながら僕を見て、その中の一人が、ホントですか?と訊くので、いや、距離は半分以上来てますけど、標高はちょうど半分くらいです。この先、上りがきつくなります、と答えた。

心なしか空気が重苦しくなったような気がした。
誰かが、もうそろそろ行かないと、と呟き、そうですねぇ、なんて答える人もいたけど、明らかに元気がなく、誰も立ち上がろうとしない。
何となく責任を感じたので、僕が立ち上がり先へ進んだ。

三頭山避難小屋ではトイレにだけ寄って、小屋の中には入らずにすぐに出た。またマボロシとともに出られなくなってしまう。
その後は延々と階段をゆっくりと上り、ようやく山頂へ着いた。

三頭山(36.3km) time(1:50
total time(11:49

ここでハセツネコースのようやく半分だ。
西原峠では一昨年より6分早かったのにもう11分遅れている。どんだけ遅いんだ。
西原峠~三頭山の区間でみても、昨年の40分動けなかったときと同じタイムだ。

時計を見ると深夜0時49分だった。11時間49分かかっている。制限時間まであと12時間11分。あと半分の距離が残っている。後半も今までと同じペースで進まないといけない。
やはり次で終わりだな。キリンメッツで乾杯だ、と思う。

夜の山の山頂なんて景色は見えないし、寒いので、すぐに下山する。
リタイアポイントである鞘口峠までは完全な下り基調なのに、それでも息が上がる。上りでも下りでも平坦でも息苦しい。この息苦しさでさらに倍の距離進むなんてありえない。
下りたら終わりだ。とっとと終わりにしよう、合言葉はキリンメッツだ、と思いながら下る。

最後の下りを進んで、スタッフの方々がいるテントが見えると、よし、終わった、やっと着いたぞ、お疲れキリンメッツ、ありがとうキリンメッツ、と思いながらにこやかに鞘口峠にたどり着いた。

鞘口峠(38.0km) time(0:53
total time(12:42

しかし、にこやかに鞘口峠に下りてきた僕の目の前には、信じられない光景が待っていた。
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25

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ハセツネ2015レポ その6

西原峠を目指して進むものの、サクサク歩くこともできずに、さらにはすぐに立ち止まってしまう。
動悸息切れ眩暈がして、ゼーハーが止まらない。脚が重くてだるくて痛い。

とにかくよく立ち止まるので、せめて座らない、寝ない、ということを決めてタラタラ歩く。
やっぱりおかしい。これ、体調がおかしいんじゃないかな?何かの病気かもしれない。
西原峠では絶対にリタイアしようと強く思う。

それにしてもなんだろう?更年期障害かな。
なんか、あれだな、ちゃんとした病名が欲しい。ついでに診断書も欲しい。
そうすれば大腕振ってこんな山の中をウロウロすることなどすぐに止められるのに。
診断書があれば楽になれるのに(笑)

あっ、そういえばオレ、膝が痛いんじゃなかったっけ?膝の具合はどうだ?

なんか微妙だ。完全に違和感程度だ。くそっ。
今だけのたうち回るほどの膝の痛みが欲しい。

そんなことをずっと考えながら歩いていた。

西原峠(32.2km) time(2:56
total time(9:42

浅間峠~西原峠までは昨年が2:21。一昨年が3:12。
一昨年はこの区間で5回は寝た。 今年は一度も寝ていないし、腰も下ろしていないのに遅い。

やはりおかしいな、今日は。
信越の疲れが身体の奥深くまで残っているのだろう、たぶん。

やはり西原峠も人は少ない。
一昨年はダウンしている人ばかりで寝るスペースを見つけるのも苦労したが、今年は余裕で寝ることができる。

この、人の少なさによって今年は圧倒的に遅くて、ほぼ最後尾かもな、と自分では思っていた。
しかしあとでわかったことだけど西原峠まではトータルで一昨年より6分早かった。

とりあえず横になる。もう先へ行く必要もない。
ゆっくりと夜空を見上げながら、さぁ、今年のハセツネはもう終わりだ、と思う。

半月遅い開催だから例年より空気が冷えているので、寝ていると身体がどんどん冷えていくのがわかるのだが、横になれる喜びと、こんな夜の山の中で夜空を眺めている非日常感からか苦にはならない。

隣の3人組の1人がここでリタイアすると話しているのが聴こえた。
他の2人はもう少しがんばろうとか、じゃぁ、自分らもここで、とか話しているが、いや、先に行ってくれ、もう水もないし、と言いながらスタッフにリタイアを告げていた。

オ、オ、オ、オレも、と言い出しそうになりつつも一昨年と同じようなことを考える。

ここでリタイアだと、数馬まで戻ることになり1時間くらいかけて下山することになる。
この先へ進むと次のリタイアポイントは鞘口峠だ。
そこだと1kmくらいで都民の森駐車場へ着いて、温かなテントの中で迎えを待てばいい。

しかし鞘口峠へ行くには、その前にハセツネ最高峰の三頭山を越えなくてはならない。
ほぼ平坦なトレイルでもゼーゼー言っているのに三頭山なんて上れるか!と思う。無理だよ、無理。

でもなぁ。

都民の森の駐車場には自動販売機があったな。
たしかキリンの自販機だったからキリンメッツがあったよ。
醍醐丸で早々にコーラを飲んでしまったので炭酸飲料が飲みたい。

リタイアして冷たい炭酸飲料を深夜の寒い山の中で飲んでも、その隣には温かなテントがあり、毛布やストーブがあるのだ。
こたつでアイスを食べる喜びと一緒だ。

せっかくだから、それ味わいたいなぁ。キリンメッツ飲みたいなぁ。

これだけゆっくりとしか進めないのなら、もう関門にも引っかかるだろうし、それなら今度こそ、本当に終わりだから、都民の森駐車場まで行って、そこでキリンメッツをグビグビ飲もう。

休憩(0:17
total time(9:59

今回のハセツネで、初めて目的が見つかったような気がする。

合言葉はキリンメッツである。
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24

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ハセツネ2015レポ その5

リタイア予定地である第一関門の浅間峠へ着いて、とりあえず腰を下ろして休んだ。周りを見渡してみる。
ここへ来る前から何となく気がついてはいたけれど、人が少ない。僕が例年より遅いせいかと思ったけど、昨年より55分遅いものの、一昨年とは16分しか変わらない。

例年に比べて明らかに人が少ない。2500人もの参加者がいて、キャパオーバーだろ?と言われているハセツネなのに、なんだ?この人の少なさは。
ブルーシートの上でうずくまり寝ている人とか、体育座りをしながら遠い目をしている人とか野戦病院的なハセツネの日常的な光景は、眼前にない。
一昨年は20分待ったトイレも誰も並んでいなくてすぐに済んだ。

とりあえずよくわからないまま最後のみかんを食べて、おはぎを食べた。どうせやめるのだ。

しかし、僕の周りにいる集団はとても元気があり、意気揚々とここから先で使用可能になるポールを組み立てながら、リタイアするなら月夜見に限るね、温かいし、迎えが来てくれるし、月夜見が一番だよ、などとにこやかに余裕の笑みを浮かべながら談笑する始末だ。

なんだ?これは?この世の終わりみたいな顔をしている人が誰もいないではないか。

オレは知っている。
月夜見まではここからさらに倍の距離があるし、なんといってもハセツネ最高峰の三頭山を越えなくてはならないことを。

オレは知っている。
意気揚々とポールを組み立てて、ここからはポールで楽々だな、と思っても、思ったほど楽ではなくて、やっぱり山道はつらいなと途方に暮れることを。

こんな真っ暗な夜の山の中でにこやかな雰囲気を出している場合ではないのだ。
さぁ、早くリタイア宣言をしよう。そもそも信越~ハセツネという流れが無謀だったのだ。オレ、信越がんばったし。

くそっ。理由がない。
制限時間にひっかかったわけでもないし、故障したわけでもない。息苦しくて脚が重くてだるいけど、それだけだ。

目の前には余裕の笑みを受かべながら楽しそうにこの先を見据えたランナーの方々がいる。
ここで大きな声でスタッフの方に向かって、リタイアします!と言う勇気が僕にはない。

リタイアする理由が、誰もが納得する確固たる理由がない。

ちっ。

僕はポールを組み立て、アームカバーをして、ウインドブレーカーを着た。腰にライトを付けて、そしてポールを持ちながら絶望の道を進んだ。

休憩(0:16
total time(6:46

西原峠までは10kmだ。今日のペースだと3時間近くかかってしまうだろう。なんで先へ進んでしまったのだろう?温かなベッドでぬくぬくする作戦はどこへいってしまったのだろう?

でも、もう進んでしまったのだ。こうなったら一刻も早く西原峠へたどり着いて、今度こそはお家に帰ろう。

浅間峠~西原峠までの道のりはさらに人が少なくなり、一人ぼっちで進む時間も多かった。こんなところで一人ぼっちなんて今までには考えられない。
今回とタイムがあまり変わらない一昨年でも、この区間でお尻が痛くなって隙あらば寝ていた僕の横を、ヌーの群れかと思うくらいの地鳴りが響く多くの足音が抜き去って行ったのだ。
いったいどうなっちゃっているんだ?

【ハセツネは昨年より、春に開催されるハセツネ30Kというレースに参加して、男性1000番以内、女性100番以内に入ると、優先的にこのレースにエントリーできるようになった。それによってハセツネ参加者のレベルが上がっているというか、ボリュームゾーンがもっと早い集団へと変わっているらしい。ちなみに僕が1000番以内に入ることは不可能だ】

そんなわけで、夜の闇の中を一人ぼっちでフラフラ歩きながら、ブツブツ愚痴を吐きながら、西原峠を目指した。
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ハセツネ2015レポ その4

ようやく醍醐丸につくと、レイさんがランナーの方々の応援をしていた。こんな山の中で、じっとしていればかなり寒いし、それにもう暗くなるというのに、応援してくれているなんて本当にありがたい。

そんなありがたいレイさんに向かって僕は、この日最大限の弱音愚痴泣き言を訴えまくる。
あまりに可哀想だと思ってくれたのか、ここから一緒に帰る?と温かな言葉をいただき、一瞬そうしようかなと思ったけど、少しだけ冷静になって周りを見渡すと、まぁ、当たり前だけどそんな人はいない。みんな元気だ。

何度も言うけどまだ序盤だ。
それでもこんなに苦しいのではゴールまでなんて到底たどり着けないし、それならどこで止めても同じだとも思う。

脳内で瞬時に考えた結果、第一関門(22.7km)でリタイアしようと思う。あと7kmだ。そうすると6時過ぎくらいにレースを終えて、今日中に家に帰れてしまう。

ハセツネは13時スタートなので10時間切りでゴールできるとその日のうちに電車で帰ることができて、それが、まぁ、エリートランナーの証みたいになっているのだが、第一関門でリタイアして帰れれば、そんなエリートランナーに紛れて一緒に電車で帰れてしまう。

そうすれば夜中に冷たい山の中を凍えながらトボトボ歩かずに、温かなベッドの中ですやすや眠れるのだ。
うん、それだ。いい案だ。そうなると醍醐丸リタイアでは早すぎるな。なんとかあと少しがんばろうと思う。

それでもここで休んでいると、この先の連行峰までのアップダウンの繰り返しを想像して止めたくなるので、ライトも装着せずにレイさんに挨拶をしてすぐに先へ進んだ。

第一関門で止めるのだ!夜にはベッドの中でぬくぬくするのだ!と思うといくらか心が軽くなり、かといって身体は重いけど、あぁ、あとちょっとでリタイアするのなら、いろいろ用意したこのリュックの重さが無意味だ、持ってきたみかんとかコーラとかおにぎりとか唐揚げとか魚肉ソーセージとかおはぎなんてもういらないじゃないか、だってもうすぐ止めるのだから、リタイアするのだから、くそっ、こんな荷物はとっとと消費してしまおう、と思い立ち、醍醐丸を過ぎたばかりなのに休憩をする。

ライトを装着して、みかんを食べて、コーラを飲んだ。もっといろいろ食べたりして荷物を減らしたかったけど、それほどお腹も空いていないので、先へ行くことにする。ここから先もグダグダのままで、息苦しいし、脚は動かないしで、とにかくゆっくりとしか進めない。

連行峰 time(1:06
total time(5:12

醍醐丸~連行峰までは昨年が42分で、一昨年が54分だ。やはり遅い。
このままのペースだとまさかの関門に引っかかるかもしれない。やはり完走は無理だ。
とにかく第一関門に着くまでの辛抱だと思う。

連行峰から第一関門の浅間峠までは下り基調ではあるのだが、それでも息苦しくて楽にはならず、時間がかかった。とにかく早く止めたかった。

浅間峠(第一CP)(22.7km) time(1:18
total time(6:30

連行峰~浅間峠まで1:18。
ちなみに一昨年はこの区間で転倒し、お尻を強く打ち付け10分以上動けなかった区間だが、それでも1:19だった。
今回は何度も立ち止まりはしたものの一度も座ってはいないし、もちろん寝てもいない。
どんだけ遅いんだと思う。

それでももうここで終わりだ。
まぁ、ここから下山するのに30分くらいかかるけど、それでももう帰れるのだ。
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22

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ハセツネ2015レポ その3

前を走る女性に必死に着いていくうちに、僕も何となくその女性が次にどの場所に足を置くのかがわかるようになってきて、だから下りでは二人で前のランナーを抜きながら進む。
女性に着いていくのはけっこうきついけど、実力以上に速く走れることが楽しくもあるので、その女性に置いていかれないようにがんばって着いていく。

どこかで姫さんらしき人を抜いたような気もするが、振り返る暇もないので、そのまま進む。
そんな感じで10km地点のタイムを見ると、けっこういいペースで進んでいるのがわかる。
これだと、昨年とほぼ同じペースだ。
昨年はこのあと徐々に失速したけど、このままいければまだ18時間切りとか目指せるんじゃね?

と思ったのも束の間、急激に急速に終わりはやってきた。

市道山分岐(11.7km) time(1:14
total time(3:05

市道山分岐手前あたりから急激につらくなる。
脚が重くなり、鈍くなり、痛くなる。そして呼吸が苦しい。
あれ?なんて思っても脚の重さに耐えられないし、息苦しさにも耐えられない。また、耐える心も持っていない。だって、オレ、信越がんば~以下略。

どうにもつらいので歩き出す。そのままタラタラ歩いていると、姫さんに抜かれる。
もう、脚が終わったというと、もう終わったの?と驚かれる(笑)
姫さんは、私はこれからもマイペースでゆっくり進むし、第一関門でもゆっくり休む予定なので、待ってますよ、と言ってくれて、先へ進んでいった。

そんな優しい言葉にウルっとしながらも、歩きでもつらい。息苦しさが尋常でない。ことごとく抜かれ続ける。上りではなく平坦なトレイルでも息があがる。
なんだ?これはなんだ?いったいどうした?と思ったときには、もう地面に座り込んでいた。

こんな序盤で座り込んでいる人なんて誰もいなくて、みんなサクサクと進んでいく。まぁ、71.5kmのうちのまだ12kmくらいだもの。元気じゃなきゃおかしいって。
とりあえず試しにロキソニンとガスター10を飲んで、呼吸を整えつつぼんやりと座っていると、K12R2さんに声をかけられ、そして抜いていかれる。

トレイルには人が列になって絶え間なく走っているので、怒涛の勢いで抜かれ続ける。いつもブログ読んでます!と声をかけてくれた女性がいて、ありがとうございます!と座りながら答える。せっかく声をかけてもらったのにクマが座っているように見えただろうなぁ、と思う。その後も立ち上がる気力はない。

座って休み続けても呼吸が整わない。その間も多くの人に抜かれ続けるので、とりあえず立ち上がってヨレヨレ歩いていると、でんさんに声をかけられて、そして抜かれる。

ほんの2~3km手前ではいけるんじゃね?と思っていたのに、今回はどうやらDNFの記事になりそうだなぁ、と思う。
まさかの2週間前と同じ醍醐丸でリタイアかな?
というかここから醍醐丸まであと2~3kmなのに、その途中にちょっと長めのきつい上りがあって、そこを想像しただけで先へ進みたくない。
平坦なトレイルでもゼーハー言っているのにきつい上りとかもう無理。醍醐丸と言わずに、今、ここでリタイアでもいい。コースを知っているのも善し悪しだな、などと思う。

きつい上りでは、何度も何度も立ち止まる。息が苦しい。
でも、醍醐丸ではレイさんが応援してくれているので待っていてくれているはず、と思いながらとにかくゆっくりと進む。

だんだんと薄暗くなってくる。
昨年より半月遅い開催とはいえ、まさか醍醐丸に着く前に日が暮れるとは思いもしなかった。

醍醐丸(15.3km) time(1:01
total time (4:06

昨年より30分以上遅い。
こんな序盤でここまで遅いと、この先に希望はなさそうだ、と思う。
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ハセツネ2015レポ その2

今さらハセツネレポの需要があるのかもわからいけど、なんとなくずっと気になっていたから、書いてしまおうと思う。
ブログを書かない間に、何度か全部消してさっぱり辞めてしまおうかと思ったこともあったんだけど、そうすると未完のレポとかそういうものの存在が気になって、そういうのをきれいにしてからにしようと思った。

今も、だから毎日更新続いているけど、とりあえず気になったことをきれいにしていきたいという気持ちもある。
でも、そうすると、あれかな。日光東照宮の逆さ柱みたいに、不完全なままのほうがいいのかもしれないな。

よくわからないけど、とりあえず書きたいことを書こう。

+++++++++++++++++++++++++

さぁ、ハセツネだよ!切り替えてくださいね。時は10月31日正午頃。
京都とか泉州とか青梅とか北九州とかがんばってくださいねという時期ではありません。
あっ、いや、がんばってください(笑)

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ホシヲさんとローラさんも応援に来てくれて、す~さんとも会えて、とても賑やかになると緊張も完全にほぐれてきて、そうこうしているうちにスタートまで1時間を切ったので、みんなで外へ出た。

20151030IMG_1788.jpg

ローラさんが姫さんもハセツネに出るって教えてくれたので、R×Lソックスのブースへ挨拶に行った。
20151030IMG_01783.jpg

グランドへ戻る途中で昨年の覇者、上田瑠偉選手を見かけたので思わず話しかけてみたら、以前、三頭山でお会いしたときのことを覚えていらして、がんばってくださいと声をかけてもらった。

三頭山での思い出。
20150725IMG_1405.jpg


アンジーさんも応援にきてくれて、その後、グランドに並んでいるとメテオデさんとも合流できた。携帯のバッテリーが切れてしまって連絡が取れなかったらしい(笑)
す~さんの旦那さんとも会えて、信越完走のお祝いとお礼ということで抱擁をして喜びを分かち合う。改めて本当に感謝。
2年半ぶりの鈍足親父さんともお会いして、どんどん賑やかになってスタートへの気持ちが高まってくるような気がする。
20151030IMG_1786.jpg

スタート前には姫さんもやってきて、そのまま姫さんと一緒に並ぶ。というかmakoさんと双璧の変態2トップの姫さんがなんで僕と同じところに並んでいるのかと思い、なぜここに?と訊ねると、全然走ってないからほぼ歩きで行くとのこと。
そんなわけがないと思いながらも、そのままカウントダウンが始まり、第23回ハセツネCUPがスタート!

スタートゲートをくぐるあたりに、どららさんが応援してくれていて、姫さんと写真を撮ってもらう。
ってあっさり書いたけど、姫さんと一緒に写真を撮り、しかもそれをどららさんに撮ってもらうなんて、僕がブログを始めた頃にはこんな日がくるなんて考えもしなかった。
なんてぜいたくなんだ。オレもとうとうここまで登りつめたのか、と感動で打ち震えていたが、その余韻に浸る暇もなく、人の波にのまれながらロードを走り出す。
20151030IMG_1777.jpg

今回はとくにタイム的な目標は掲げていなかったので、とにかく前へ、という気持ちもなく、わりとゆったりめに走る。オレ、信越完走したし、とか思うとあまり力も入らない(笑)

トレイルに入る手前で、ホシヲさん、ローラさんの応援があり、渋滞になるあたりではハーレーさんが応援してくれていた。
20151030IMG_1784.jpg

昨年、雑誌の写真を撮られたあたりは変わらずの渋滞で、しばらく動かない。

これね(笑)
141102IMG_3372.jpg

ようやく変電所に出て、またロードになるが相変わらずゆったりと走る。昨年は、前を走るさぶろうさんに追いつくために必死で走ったなぁ、とか思いながら走る。
トレイルに入るとそこから入山峠まではほぼ渋滞が続く。渋滞の流れの中で、姫さんは十数m先へ行ってしまったが、そもそも一緒に走るのも畏れ多いので、気楽な気分で流れに着いていく。

入山峠(7.0km) time(1:51

昨年が1:48で一昨年が1:50だったので、ゆっくり進んだわりにはそれほど遅くはないな、と思う。
階段を上る姫さんを見かけて声をかけたが気づかないようだった。

ここから先は細かなアップダウンが延々と続き、徐々に高度を上げていく。
渋滞で動かなくなることはないが、列はずっと連なっているので、この流れから落ちないようにできればOKだ。
とりあえずは序盤なのでがんばって流れに着いていく。走ったり歩いたり上ったり下りたりを繰り返して進む。

入山峠あたりで僕の前にいた女性にそのまま着いているうちに、この女性が何ともいえないいいペースで進んでいることに気づく。
なんかわりとドタバタした走りで決してきれいな走りではないし、下りもドタバタしながら下っていくのだが、足の置き場が絶妙で、瞬時に的確な場所を探し出して下っていくので速い。
あとを着いている僕は下りがすごく楽に感じるし、彼女が選んだ足の置き場は滑ることもなく、安心して進めるのでスピードも速くなる。

信越五岳のラストの下りで石川弘樹に置いていかれた人間とは思えないほどの下りのスピードだ(笑)

2週間前の試走リタイアからほぼランオフだったので脚も軽く感じる。
そんなわけでその女性に遅れないように着いていく。なんかこの女性のドタバタ感が妙に好感が持てるというか、あきらめずにがんばれる気持ちになれる。

なんか、オレ、今日、いけんじゃね?と思う。
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02

20

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あまねくワイドショー

子どもの頃によく年賀状に『おもちの食べ過ぎに注意!』って書いてあったけど、今年の正月はホントにたくさん食べたなぁ。
食べ終わったあとの僕のお腹がおもちみたいになっていたもの。

そんなわけで走らず、食べたいときに食べ、ブログも書かないし読まなくなるとどうなるかというと、ただただ眠るか、昼間からソファに寝そべってせんべいを食べ、あら、すごいわね~、などと言いながらワイドショーを見るようになる。

あ、いや、あくまで比喩。でも、そういう生活したいなぁ、と思って3年ぶりにロト6を買った(笑)

ワイドショーは見ていないけど、ブログを読まなくなった代わりにネットニュースばかり見ていた。
それにしても今さらなのかもしれないけど鬼女ってなんですか?車のボンネットに映った景色から住所を特定しちゃうとか、どんな精鋭部隊なんだ。
普通の一市民でも鬼女に嫌われてしまえば現実の社会で追い詰められるってネットって怖いな。

そんなわけで11月の頭から今までずぶずぶの自堕落な日々を過ごしてきたけど、自堕落な日々には芸能ニュースがお似合いってことで、僕の通勤電車内の友達はヤフーニュースだった。
幸か不幸かこの時期の芸能ニュースは次から次へと爆弾のようなニュースがあったので、退屈することもなくいい感じで下世話な人間になることができた。

キング・オブ・コメディの人が捕まった記事を皮切りに、というか以前から思っていたんだけど、キング・オブ・コメディってロバート・デ・ニーロの映画から取ったんだよね?
昔、デ・ニーロといえばスコセッシ、スコセッシといえばデ・ニーロと言われるくらい彼らの作品は多かったけど、キング・オブ・コメディもその一つで、タクシー・ドライバー同様、なかなか強烈な映画だった。
って、これと絡めて書くと一つの記事になってしまいそうなのでこれは機会があれば改めて。

ゲスの極み乙女っていうのは名前だけ聞いたことあるくらいで、曲も聴いたことないし、バンド名なのか何かのユニット名なのかもわからず、だから今回の騒動で知ったんだけど、ベッキーとのことよりもあのリズム隊の二人が気になってしかたない。
ドラムの人、かっこいいよね。ジャズかなんかやってたのかな。叩き方がかっこいい。Xじゃぱんみたいなのだとどうしてもセットが大げさなのもあるけどドラムに人が埋まってる感じだけど、ドラムセットの位置が低くてシンプルだと人のほうが浮いてくるからかっこいい。
ベースの人は、なんかうちのバカ息子に見た目が似ていて、パッとしない感じとかの雰囲気もすごく似ているので思わず応援したくなった(笑)
それにしてもゲス川谷って呼ばれて批判されてるけど、まぁ、それはいいんだけど、ミスチルの人だって同じようなことしてたのに偉大なミュージシャンみたく扱われているのはなんでだろう?ギリギリガールズだし、ギリ桜井とか呼ばれてもいいのにな。

デビッド・ボウイが亡くなったのもあったな。つーか、デビッド・ボウイの訃報をこんな芸能ニュースの一つに並べていいのかな。
これもいつか機会があれば別に書いてみたいけど、前にも書いたけどデビッド・ボウイはミック・ロンソンってギタリストと一緒にやっていた頃のものが好きだ。

チャゲアスのASKAが書いたという9万5千字ものブログ記事を読んで僕が思ったことは、オレはなんて暇なんだ?ってことだ。

あとはスマップとか清原とか北川景子の結婚とか怪盗紳士の結婚とかいろいろあったね。

そんなわけで11月から今まで、踵とかお尻とか体重とかを理由にダラダラ自堕落に過ごしてきた時期を振り返るってキャンペーンでした(笑)
こんなくだらないキャンペーンですがたくさんの方に読んでいただき大変感謝しております。マラカテなのにホントすいません。

でも、こうやってさらけ出すことによって、けじめをつけ新しい第一歩を踏み出していこうという主旨です。たぶん。

そういえばこの3ヶ月に起きたことで一番衝撃を受けたことは、そのゲスの極みのベースの人に似ているバカ息子が成人したので、よし、そんじゃ、一緒に飲みに行くか?と誘ったら、いや、いい、と断られたことだ(笑)

悔しくない、悲しくないぞ。
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02

19

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ひねもす85

みんなお尻の話、好きだな(笑)
とにかくお尻やら踵やらですっかり走る習慣がなくなってしまった。
まぁ、信越五岳やハセツネを完走できたことでの燃え尽き感みたいなものもあったし、あとは、まぁ、生きていれば何もしたくなくなることだってあるさ、人間だもの。アレヲ。

++++++++++++++++++

2011年の5月に走り始めた。
体重が85kgという人生最大の重さになったことが走り始めたきっかけだった。
平日はほぼ毎日5km走って土日は走らない。月に100km走るのが目標だった。

なぜなら、テレビで東山紀之が月に100km走ってます、というのを聞いて、100km走れば東山紀之になれるのか、よし、オレは東山紀之になるぞ!と思ったからだ。
不思議なことに東山紀之にはなれなかったけれど、体重は順調に減っていき9か月で10kg痩せて75kgになった。その後、停滞しつつも半年で73kgになった。

しかし73kgになるちょっと前に、煙草を止めたこと、山へ行くようになったこと、ロング走が増えたために走る日数が減ったこと、などが理由だと思うが、73kgを最後に体重は増えていき、その後は75kgを切ることはなくなった。

ハセツネに出るようになってからはレースの後は身も心もランニング気分ではなくなるので冬には体重が増え、翌年のハセツネまでに体重を落とすというサイクルにはまり、もうあれだ、走っても痩せないじゃん、と思うようになった。

今回ハセツネが終わったときには79kgだった。
ちょうどその頃から、妻の帰りが毎日遅くなり、子どもは僕の帰りを待ちきれずに勝手にご飯を作って食べてしまうことから、夕飯は各自で用意するという習慣になった。
でも8時とか9時に帰ってきてから自分のためだけにご飯を炊くのは面倒だし、かといって外食もあまり好きではない。お金もかかるしね。

そうなると、あれだ。なんだ?あれだよ。

そんなわけで僕の夕飯はカールとサッポロポテトバーベキュー味になった。
72gと85gで157gしかない。これで太るわけがない。太ってたまるか。

そのメニューが1ヶ月ほど続くと体重は81.6kgになった。まぁ、でもまだ余裕だ、くらいに思っていた。

ただ、さすがにカール1ヶ月は飽きる。
しかし、すでに僕の体はジャンクなものしか受け付けなくなっていた。
ジャンクフード・アレキだ。ゲームセンター・アラシ的な感じで。

その後の1ヶ月はマクドナルドとか松屋で夕飯を食べてから家に帰るようになった。
マクドナルドも松屋もそれほど好きではないはずなのに、なぜだか行きたくなり、行ってみるとやはりそうでもないよな、と思う。
こんなに通い詰めたのは生まれて初めてだ。

でもこの背徳感といえばいいのか、自堕落な自分を極めていく行為をやめることができなかった。
このまま落ちぶれていきたいというか、もういっそのこと逮捕されれば止められるのにとか、カールはなぜ合法なんだ?とかそんな風に思っていた。

そんな生活を1ヶ月続けるうちに年末年始の休みになり、元々少食だったはずの僕がなぜかお腹いっぱいになるまで食べるのを止められなくなり、年明けにはいよいよ84.5kgになった。

もはやこの勢いは誰にも止められず、1月中旬にはとうとう走り始める前の人生最大の重さである85kgに到達することになった。

4年くらいかけて走ったりしてきたことがわずか数ヶ月で振り出しに戻った。
信越五岳を完走してもハセツネを完走しても、振り出しに戻るのだ。

このときに『ひねもす85』というタイトルで85kgになっちゃったよ、って記事を書こうと思った。

しかし、まだまだ終わらなかった。伸び盛りの食べ盛りになってしまった僕は2月11日にはとうとう86.9kgという人生最大の重さをさらに更新するという、驚異的な記録を叩き出し、それでも走る気分にはならずに、今に至る。

ハセツネから3か月半でほぼ8kg増。すげえ、オレすごすぎる。
この間、松山ケンイチが役作りのために増量していて、さすが松山ケンイチ、役者魂などと褒められていたが、僕なんか役でもなんでもないのに8kgも増やすことができた。役者になればよかった。

そんなわけで、今後のアレキがどうなってしまうのか?
そんなことは僕自身にもわからない。

ちなみにこの間、久しぶりに5km走ったとき、走り出した瞬間に、あまりの重さに膝から砕け落ちそうになった。
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02

18

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しあわせな踵とふこうなお尻 後編

走り始めて1年が経った頃。
まだフルマラソンを走ったことがなかった僕は、ランニング1周年ということで金曜日の夜に42kmの帰宅ランを決行した。
もう4年近く前の話だ。なんてモチベーションの高さだ。19時に会社を出て、1時過ぎに家に着いたと思う。

すごいな、これ。誰の話だ。想像できない。

で、その代償なのかわからないが、その後、僕のお尻に異変が生じた。
帰宅ランの後で出てきた初めての症状なので帰宅ランが原因なんじゃないかと思った。
だって42kmもの間、体を上下に揺らしているのだ。いろんなものが移動しても不思議ではない。

しばらくは知らんぷりしていたのだが、その違和感は日増しに増えていくので仕方なく病院へ行った。
場合によっては手術しなくてはならない。それも本人にとっては深刻だけど端から見ると微笑ましいというか滑稽な種類の病気だ。

そういえばこの病気について、いつかさぶろうさんが秀逸なレポを書いてたなぁ。あれ名作だったはず。

あった。

Gとの闘いレポ
Gとの闘い 続編

改めて読み返すと、マジで名作です。さぶろうさんの全記事でベスト5には入るんじゃないかな。ランニングブログだけど(笑)

とにかく僕は病院へ行き、お尻から管を入れられたりした。そのときの話はここ。

で、その結果を書いてなかったけど、結果はGではなく、リンパが腫れているということだった。
そのリンパを削って調べてみたけど、悪性のものではないしGと違ってこれといった治療法もないから長く付き合っていくしかありませんね、と言われて診察は終了した。

Gではなくリンパが腫れている。
リンパという響きがGに比べると滑稽な感じではなくなり、なんとなく品格があるというか、繊細な雰囲気を纏うというか、そんな感じがしてホッとしたものの、長く付き合っていくという言葉には慄いた。

Gに比べ少し高尚になったとはいえ、違和感は違和感だ。
簡単にいうとお尻に何かが挟まっているかのような違和感だ。

今、お尻に何かが挟まっていると湾曲した表現で書いたけど、ごく普通に想像すればお尻に挟まる何かなんてアレしか思いつかない。
つまりは常にお尻にアレが挟まっているような状況なのだ。あれ?もしかして漏れた?的なことなのだ。

そんなものとこれから一生、いいお付き合いをしていくことなんて可能なんだろうか?

とりあえず僕は勤続20年を越えて、初めて会社の椅子の上に座布団を敷いた。
それもあれだ。真ん中に穴の開いているやつだ。ドーナツ型座布団だ。

僕の思いつく限りでは、ドーナツ型座布団を使用する人は、出産後の女性かGの人だけなんじゃないかと思う。
男性である僕がそれを使えば、僕はGなんです!と高らかに宣言しているようなものだ。

いいえ、僕はGではないんです!リンパが腫れているだけなんです!と会社中に言って回りたかったが、それが逆効果だということも理解していた。まさに男は黙ってサッポロビール状態なのだ。

あぁ、まったくもう。国の条例かなにかでドーナツ型座布団しか販売できないようにすればいいのに、とかクラスのみんなが坊主にしてきたからもう恥ずかしくないよ、的な感じで、会社中の人がドーナツ型座布団を使うという奇跡的な光景に出くわすとかないのかよ、と思っていた。

ま、でもそんな奇跡は起こらずに、転勤したときも、そのドーナツ型座布団は手放さないわけで、自己紹介よりも先に個人情報が洩れるみたいになっていた。

それでもその違和感は少しずつ、少しずつ、少なくなり、まったく違和感のない日も増えてきて、あまりそのことに悩まされることはなくなっていた。
もちろんドーナツ型座布団を手放すことはできないので、毎日高らかに宣言していることは変えようもなかった。

そして、もうリンパが腫れていたという事実も忘れかけていた頃に、信越五岳、ハセツネとハードなレースを連戦したことで、あの違和感が復活の狼煙をあげたのだった。

寝ていても、立っていても、座っていても、いつもお尻にアレが挟まっている、あの感覚が戻ってきたのだった。

ここで、日々のランニングを愛し、マラソンに情熱を傾けている皆さんに問いたい。

あなたはお尻にアレが挟まっている状態でも走り続けることができますか?
アレが挟まったままで、インターバルやらビルドアップ走やらができますか?

僕の答えは、ノーだ! 断固たるノーだ!(笑)

そんなわけでハセツネ以降、僕のランオフ生活が始まった。
ちなみにその違和感は1ヶ月が過ぎた頃に、治まってきたけれど、その頃にはどっぷりはまったランオフ生活から抜け出すことは不可能だった。
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02

17

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しあわせな踵とふこうなお尻 前編

昨日はなんとか5㎞走りました。
昨日の記事で走るぜぃ、って書いたもののやっぱり気が進まず、いくつかの葛藤のうえ、ようやく外へ出ることができました。

記事に走るぜっ、って書いたら皆さんから応援クリックをしていただいたようで、まだ走ってなくて、走るぜぃ、ってだけなのに、なんかインポイントの前借りというのか応援クリック詐欺というのか、それだとあれなので、とにかく走れてよかったです。5㎞だけど(笑)

で、せっかく走ったのに、走りたくない言い訳をこれから書きます(笑)

################

走り始めてからずっと左足の足首あたりに違和感はあった。

寝起きがとくにひどくて、きちんと歩けないし、階段は一段ずつ降りていた。
それでも少し経てば普通になるし、走れないほどではないし、みんなどこかしら痛みを抱えながら走っているのだろうから、それほど気にしていなかった。

一年中筋肉痛ぐらいに思っていれば大丈夫だろうと。
まぁ、その程度に思えるほどの痛みだった。

それが一昨年の夏くらいから痛みが増すようになった。左足の踵が痛む。
そのあたりの骨かよくわからないけど固い出っ張りができて、そこを触るだけでも痛い。

まぁ、何度か記事にもしたけど、けっこう長い期間それが続いた。
走り出すと踵が痛み、少し走ると痛みが消えて、だいたい15kmくらいでまた痛みが出てくる。

走り出しの痛みは鋭い痛みで、あとの痛みは鈍い痛みだった。
速く走ろうとすると痛みも早く出るので、ゆるジョグでしか走らなくなった。あっ、元々ゆるジョグか。
キロ6分でも速いくらいで、キロ6分半~7分くらいで安心して走れる。

それでも寝起きに立ち上がるときには何かに掴まらないと歩けなかったし、満員電車の中でずっと同じ姿勢で立っていると電車から降りたあとの階段も痛かった。

会社の更衣室が畳の部屋なので、そこでお昼ご飯を食べるのだが、じっと座っているので、その後に階段を降りるときは手すりを持ちながら一段ずつしか降りられない。
その横を定年後アルバイトだかのわりとヨレヨレなおじいちゃんに軽々と抜かれていた。

そんな踵を抱えながら走り続けることはけっこうなストレスだった。
まぁ、幸いなことに僕はロードで記録を縮めるということよりも、山で長く体を動かすことのほうに興味があったので、キロ7分のゆるジョグでも練習にはなったのだが、とにかくおじいちゃんに階段で抜かれるし、こんな生活を続けていて自分がおじいちゃんになった時には普通に歩けるんだろうか?と思うとちょっと怖かった。

痩せるとか健康になるとかそんな理由で始めたのに、ゆくゆくは杖が必要だ、とかになったら嫌だな、と思う気持ちもあった。

それでも、まぁ、ゆるくなら走れるし、見境なくレースをエントリーしてしまうので、そのまま続けていた。

その痛みが1年ちょっと続いたあと、信越五岳のちょっと前くらいから踵の痛みがかなり軽減されていることに気づいた。理由はまったくわからない。なんでだろう?

とにかく信越五岳を前にして左足の踵の痛みは違和感程度に治まったので、あまり気にせずに走ることができた。

さらにハセツネも終えて、その後しばらくお尻のこともあって走らずにいたら、1ヶ月後には踵の違和感すらなくなっていた。

朝は飛び起きることができるし、階段だってトントンリズムよく降りることができる。おじいちゃんにだって抜かれたりはしない。

あぁ、なんて素晴らしいんだ、オレの踵。踵が痛くないってこんなに快適なんだ。無痛の踵ってしあわせだ。

うっひょ~。こんなに快適に過ごせるのなら、もう走らなくてもいいんじゃないかな。走る必要ないんじゃないかな。

ハセツネから1ヶ月後、僕はそんな風に思っていた。
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02

16

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今日から。今日こそ。今日も。

あんなグダグダな勝田マラソンの記事を読んでいただきありがとうございます。

久しぶりにレポ書いたからなんか難しかったけど、読んでもらえてよかったです。

それにしてもキャバクラアイちゃん面白かった。
いいね。

僕は紳士なんでそういうところへは行かないんだけど30過ぎぐらいのときに行ったフィリピンパブが面白かったことを思い出した。

ま、機会があれば。

さて。

コホン。

勝田マラソン以降1ミリも走っていない。

だから2月の走行距離は0㎞だ。

今日は、今日こそは走ってみせるぞ。

久しぶりにブログで公表することでやる気を出す作戦だ。

でも、こんなことを書いたのにできないダメで自堕落な自分というのも案外許せてしまったりする。

どうなるのかな、今日。

キャバクラには行かないと思うけど。
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02

15

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勝田マラソン 後編(下)

そこから先は西原集会所という名の天竺があるからこそ、なんとか先へ進むことができた。

勝田マラソンでは公式エイドに食べ物はほとんどないんだけど、それ以上に私設エイドがすごく多くて、街の人々も暖かい声援をかけてくれる。
さすがは64回もの歴史あるマラソン大会だと思う。

しかし、そんな盛大な私設エイドのほとんどを僕はスルーした。一度どら焼きをいただいたくらいだと思う。
その場でパスタを作って配ってるエイドとかもあったけど、泣く泣くスルーした。

なぜなら、そこに行けばどんな夢も叶うと言うよ、の西原集会所があるからだ。

そんなわけでヘロヘロヨレヨレ歩いたり、たまに走ったりしながら進む。
20kmも過ぎると、なんとか完走が目標という人たちがほとんどで、みんな歩いたり走ったりしているので、僕も人混みに紛れていい感じだった。

ただ、いくら歩きとはいっても、回りもみんなつらそうで、道の端でしゃがみこむ人やストレッチする人などもたくさんいて、苦痛激痛その他もろもろに耐える人々ばかりだった。

記録を狙って、それこそ1秒を削り出すような緊迫感はないし、かといってファンランで大会そのものを楽しむといった余裕もない。
走るという行為からはどんどん遠ざかるけど、苦しみに耐えるということでいえばかなり切迫した雰囲気を出す集団の中にいた。

このへんの人たちは嫌いではない。とにかくみんな諦めないで完走を目指す。
僕の隣で歩いていたカップルも関門までの時刻を計算しながら歩いたり走ったりを繰り返しているし、誰も、もうやめた!などとは言わない。

まぁ、もっとちゃんと練習しておけば、こういう苦しみは味わなくて済むのに、と思わなくもないけど、そういうことも含めて、それでも諦めない彼らに勇気づけられていた。

そんな感じでようやく西原集会所へたどり着いた。誰もがみな行きたがる遥かな世界へようやくたどり着いたのだ。

ところが、だ。

僕が西原集会所に着いたときにはすでに4時間が経とうとしていたからだろうか。
もちろん私設エイドでは温かなコーヒーやお茶がふるまわれていた。

しかし、しかし、だ。

集会所の中には人などほとんどおらず、長机とパイプ椅子が寂しく置かれていた。

いいや、そんなはずはないと、だってここは天竺だぜ?と思いながら、誰もいない建物の中に入ると、長机の上には大根のお新香とカブのお新香と白菜のお新香がそれぞれ皿に盛られて置いてあった。

なんだ、と?

おでんだとかそういうたくさんの食べ物で飲めや歌えやの理想郷のはずなのに、そんなものはどこにもなくて、ただただお新香のオンパレードだった。

僕は、とりあえず力なく椅子に座りながら、考えていた。

天竺なんて本当はないんだよ。機械の体なんて本当はないんだよ、メーテル。

しかし、ここで僕は気を取り直した。ここで悔しいとか思うと、リベンジだとか何とか言って来年も勝田マラソンに出なくてはならなくなってしまう。

もう、マラソンとは無縁の人生を送りたいのだ。だったらこの勝田マラソンに思い残すことはなく楽しんで終わりにしたいじゃないか。

そんなわけで僕は箸を取り、お新香のローテーション食いを始めた。今まで食べることを我慢していたのだからお腹も空いている。

大根、カブ、白菜のローテーションを3回繰り返し、あぁ、塩気のあるものを食べたかったからおいしいよ、やっぱりすごいな西原集会所、ここは僕の天竺だよ、とぽりぽり音を立てながらお新香を食べ続けた。

なんか満足!したような気がする、と思いながら席を立ち、先へ進んだ。
さぁ、あとは30km地点まで行ってリタイアバスに乗り込んで帰るだけだ。

相変わらず沿道の応援や私設エイドはあるのだが、ラスト1つのチョコレートですよ!とかけっこうな終焉に近づいている。

それでも小さな女の子の姉妹からいただいた一口チョコに心を温められながら、うん、うん、いい大会だったよ、勝田マラソンと充分満足していた。

30km少し手前で、スタッフの人が関門まであと3分!とか言ってて、え?まだ関門に間に合うの?つーか、これ関門に間に合って通過できたら逆に途方に暮れてしまうんですけど?と思ったけど、周りがみんな走るので、なんとなく人間失格になりたくなくて、僕も力なく走ったけど、残念なことに1分くらい間に合わなかった。
本当に残念だ。

そんでリタイアバスは何台も停車していたので、体が冷える間もなく、バスに乗れて、そのままゴール地点まで帰ってくることができた。

勝田全国マラソン。とてもいい大会で、沿道の皆さんは温かく、もう思い残すことはないくらい堪能できたと思う。
決して来年はリベンジだ!とか思わない。

で最後に、とにかく、☆ponkoさん、サブ3.5おめでとう!

今回☆ponkoさんがサブ3.5を成し遂げた、その場にいられたことが今回このレースに参加したことで一番よかったことかもしれないな。

おめでとうございます。
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14

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勝田マラソン 後編(上)

やはり昨日のバランスのせいで今日で終わるはずが・・・。
タイトルも訳わからなくなってるし(笑)

最近、音楽は通勤電車の中で聴くことが多い。iPodには僕が持っている音楽がすべて入っているので、それを聴く。
以前はそれをシャッフルで聴いていたけど最近はアーティストごとに聴いている。
ただ、携帯をいじくりながら聴いているとあまり耳に入ってこない。

家で音楽を聴くときはPCのiTunesで聴くのだが、ここのところ僕はずっとパソコンの電源を入れたことがないので、音楽を聴くことはなかった。家ではずっと無音だ。
それが最近ようやくPCの電源を入れるようになったので音楽を聴くことも増えてきた。

たぶん妻が持っていたものだと思うけど、家に映画音楽のCDが転がっていたのでそれもiTunesに入れてある。
70曲くらい入っていて、まぁ、禁じられた遊びとかアラビアのロレンスとかロッキーのテーマとかそういうの。
その中で『殺しの免許証』って映画の曲が入っていて、それがとても好きだ。この映画は観たことないし、この曲を演奏している人もググっても出てこないので、どんな人なのかよくわからない。
その当時、この映画が売れたのか、この曲が売れたのかもよくわからない。

でもユーチューブにのってたから思わずのせてみる。


++++++++++++++++

もうつらくてつらくて、わずか10kmで立ち止まり、歩いた。
わずか10kmなのに脚が痛くて普通に歩くこともできなくて、え~~、これであと18kmも進むの?と完全に西原集会所がゴールに設定されていたが、そこにすらたどり着けそうには思えなかった。

予定では20km走るつもりでいたのに半分しか走れなかった。
しかもここまでキロ6分40秒ペースでしか走っていないのに、すでに地獄の苦しみで、こんな苦行に耐え続けることに何の意味があるんだ?やっぱりもう走るのなんてやめた、もう走るもんか、と思いながら歩いたり走ったりした。

この苦しみ、この痛さ、この先へ進めないつらさ。
これ、前にもどこかで味わったことがあるなぁ、と思っていると、それがウルトラマラソンの90km過ぎの苦痛と同じだということに気づいた。

わずか10kmでウルトラマラソンのラストの練習ができるとは、なんて贅沢なんだ!という気もしたが、そんなわけないだろうとすぐに思い直し、早く家に帰りたい、そしてカールを食べたい、マラソンとは無縁の人生を送りたい、と思っていた。

でも、当たり前のことだけどフルマラソンの10km地点でリタイアする人なんて明らかな故障者以外には存在しない。
ここでリタイア宣言をすることはかなり勇気がいることだ。しかも周りは軽やかに走る人ばかりだ。まぁ、10kmだからね。

そんなわけで止めます!とも言えず、かといってきっちり走れるわけもなく、ヨレヨレと歩いたり走ったりを繰り返して、今は歩いていると抜かれまくって恥ずかしいけど、たぶん15kmあたりまでいけば、地元の付き合いかなんかで無理やり参加させられた、どう見てもマラソン向きではない人たちが歩き始めるだろうから、その波に埋もれて恥ずかしくなくなるはず!と思いながら、1kmごとに訪れる標識だけを励みに先へ進んだ。

18kmあたりでヘロヘロ歩いていると、いつもブログ読んでます!と声をかけてくれた方がいて、あと2kmがんばってみたいなことを言いながら颯爽と駆け抜けていかれた。
それって昨日のブログも読んでくれたのか、と思うと嬉しくなり、そこから少しだけ走った(笑)

それでも28km地点の西原集会所まではまだ10kmもあるのかと思うと、その距離が途方もないくらい壮大な距離に思えてきて、それでも西原集会所へたどり着けば、たくさんの食べ物や飲み物を前に、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎができるから!と思い続けながら進んでいると、なんか、オレ天竺を目指す一行みたいだな、まぁ、もちろんオレは猪~(自主規制)だけどさ。

きっと西遊記の旅はこれと同じくらいつらく、苦しい旅だったのだろうなぁ、と思い、ガンダーラを口ずさみながら先へ進んだ。
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13

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勝田マラソン 中編

電車内の迷惑行為ランキングってあるけど、あれ見るといつも不思議に思う。
僕が電車内で迷惑だと思う行為は一つしかなくて、その行為はいつもランキング内に入っていないからだ。
そう考えると自分が非常識的な人間に思えてきて、なのでこのことをあまり人に話したことがない。

あっ、関係ないけど、たーはるさん更新してくれてありがとう(笑)
やっぱおもしろいよ。

で、僕が電車内で思う迷惑行為というのは、電車内で新聞を読む行為だ。
理由はいくつかあるけど、けっこう読むスペース取るのに縦に折ってさえいれば邪魔じゃないだろう?的な感じとか、そのわりにはめくるときにはけっこう広げるんですね、とか新聞の先が頭とか肩とか頬にツンツンされたりするとか、それなのに新聞で顔は隠されているから相手は気づかないとか、あとは単純に新聞をめくる音が好きではない。黒板を爪で引っ掻く音よりは耐えられるけど。

とまぁ、こんなところで不満を口にしても仕方ないのだが、で、ここからは僕の完全な偏見になるのだが、同じ新聞でもいろいろあって僕の中では日本経済新聞が一番許せない(笑)
こんな満員電車の中で、新聞読むスペース取りながら、こんな場所でも、金、かね、カネか?と思う。

え~、日本経済新聞ファンの皆さま、単なるワタクシの偏見です。改めて謝罪いたします。申し訳ありませんでした。
いえね、僕は政治とか経済とかさっぱりわからなくて、数字も苦手で、たぶん分数の掛け算とかできないくらい苦手で、だから妬みだと思う。単なる偏見ですよ、そりゃ、もう。
そして、いくら偏見でもそう思ってしまう感情をコントロールできない愚かな人間なので、やっぱり日本経済新聞は嫌いだ(笑)

最近はスポーツ新聞を読む人を見かけなくなった。昔、スポーツ新聞のエロ記事を思いっきり広げて読んでいるサラリーマンを見かけたことがあるけど、あそこまで堂々としていると逆に清々しさすら感じた。

まぁ、とにかくそういったことから僕が日本経済新聞を読むことはないのだが、そんな僕が最近、電車内で日本経済新聞を読んでいる人を許せそうな気持になってきている。
いや、むしろお友だちになりたいと思っている。やはり日本経済の中心を担っている人々なのだ。彼らがいるから僕はこうやって日々平穏に過ごすことができるのだ。

毎日電車の中で、バサバサ音を立てながら日本経済新聞を読んでいる人に話しかけたくなる衝動を必死で堪えている。

あの~、マイナス金利ってなんですか?私の住宅ローンはどうなってしまうのでしょうか?いえね、私の住宅ローンは定年まで働いても返せないくらい長期のローンでして、最近テレビで高齢者の住宅ローン破産ってやってて、ほら、今はみんな気軽に70歳過ぎまでローン組んだりするから、定年してからローン返せなくて家を競売にかけられたりして、住むところがなくなるという大変な状況になってるんですよ。それって怖くないですか?空間のためにローン組んで、空間のために定年後も苦しめられるんですよ。もう恐ろしくて夜も眠れませんよ。で、マイナス金利ってなんなんですか?住宅ローンを組んでいるとお金をもらえるってことなんでしょうか?

+++++++++++++++++++

やべぇ、落語の枕のように書いただけなのに長すぎてマラソンの話を書く余裕がない(笑)

第64回勝田全国マラソンをスタートすると、前日の千波湖同様、1kmの時点で脚の感覚がなくなり、3km走ると脚全体が痛くなった。
昨日はそこから脚がほぐれたようで、少し走れるようになって最後は階段ダッシュまでやることができたのだが、本番である今日はそんなマジックは起こらなかった。
というか昨日走ったことで余計つらくなったんだと思う。なんで昨日6kmも走ったのだろう

つづく(笑)
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勝田マラソン 前編

すごいな、ブログで結婚報告かぁ。なんかおめでとう。これ読まないと思うけど、とにかくおめでとう。
いきおいでブログ更新してみる。

最近、まったく走らない生活だしブログ書かない生活だというのは皆さんもご存知だとは思いますが、それに加えてブログもあまり読まなくなりました。

とはいえ以前の僕は一日に50以上のブログを、更新すれば即日に読む、という熱心なブログ読者だったので、それに比べれば読まなくなったという感じです。
ちなみに今、携帯のお気に入りに入れてあるブログの数を数えてみたら119ありました。

最近は更新されたらすぐに読むブログというのはそれほどなくて、時間のあるときに遡って読んだり、読んだり読まなかったりと、まぁ、いろいろです。
だから勝田の前日にkantokuさんとのべさんとI田さんと一緒に飲んだけど、ブログの話全然出なかった。近況がわからない。

ネコさんのブログは僕にとって生きていく励みになっています。いや正確に言うとブログというより減らない体重が励みになっている(笑)
あやたさんのブログはホントおもしろいなぁ。パソコンの話なんてすごくおもしろくて、個人的に連絡取ることなんてないのに、おもしろかった!ってメッセージ送ろうか5分くらい迷ったくらいです。
たーはるさんには、なんで全然更新しないんだ!楽しみにしているのに!っていつも憤りを感じています(笑)

そんなわけでブログを書かなくなったり読まなくなったり走らなくなったりする時間はほぼ寝ています。眠りは素晴らしいです。

そういえば、ハセツネでも勝田でも、ブログ読んでますって声をかけてくれた方がいらして、とても嬉しく、とてもありがたかったです。

さっきまでエリック・ドルフィーを聴いていて、今はライトニン・ホプキンスを聴いているんだけど、こういうジャズとかブルースがしっくりくるときってじっとしているときなんだよなぁ、と思う。

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勝田マラソンの結果は30km地点でリタイアだった。まぁ、30km走ったというよりは30km移動しただけ。
ここのところまったく走っていないのだから、この結果にとくに不満とかはない。参加できただけでもよかった。

いくら走ってないといっても10kmくらいは走れるだろうと思っていて、それならがんばって20km走ろうと思っていたら、勝田マラソンでは28kmあたりにある西原集会所の大エイドがすごいとkantokuさんが教えてくれたので、それならそこを目指そうと思った。
うどんやらおでんやらとにかくたくさんの食べ物があり、建物の中には椅子があってそこで休みながら食べることができるらしい。

さらに30kmあたりに収容バスが待機しているらしいという情報をネットで得たので、マルさんやぽんこさんや、初めましてのsugiさんがキロ5がどうとか5分10秒からネガティブで、などと話しているのを軽やかに聞きながら、とにかく20kmまで走ったら、あとは歩いたり走ったりして28kmまでたどり着き、そして椅子に座ってゆっくりと飲み食いをして英気を養い、その後はタラタラ30kmまで歩いて、リタイアバスに颯爽と乗り込む、という完璧なプランをたてていた。

寒さに強い僕は今までフルマラソンでウインドブレーカーを持参したことがないけれど、リタイアして体が止まると寒くなるからという理由で、今回初めてウインドブレーカーを持参し、手袋も普段より厚めのものを用意するという入念な準備をしてきた。

フルマラソンはスタートラインに立った時点でほぼ決まっている。準備が大切なのだ。

kantokuさんの陣地にお邪魔させてもらって、のべさんと二人で走りたくないオーラを出しながらギリギリになってトイレに行ったので、陣地に戻ったときには誰もいなくて、さらには僕が用意した左手の手袋までいなくなっていた。

あれ?どこかに落とした?と思ったものの探している時間もないので、今日は思ったより寒くないし、片手だけだと恥ずかしいので素手で行くか、と思ったけど、いや、リタイアしたあとの体の冷えをなめてはいけない、今、おかれている状況の中でベストを尽くすのだ!と思い直して、右手だけ手袋をはめてスタート地点へ向かった。

そういえばハセツネでもスタート前にグローブ片方なくして右手だけで走ったな。そういう仕様だと思えば恥ずかしくない。
ちなみにハセツネのときは家に帰ったら床に左手のグローブが転がっていた。

まぁ、とにかくあまりというか全然乗り気ではなかったけど、せっかく勝田までやってきたのだから、スタート!
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