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ハセツネ2015レポ その1

この記事はもう10日以上前に書き上げていたんだけど、これ書いた時点で、うわぁ、今回も全12話くらいになるわ、と思ったら、なんかその長さにうんざりして、書きたくなくなって、それなら今回はダイジェスト版レポにして、本当に重要なところだけ書き出してサラッと終わりにするのはどうだろう?なんて思って、何を書くか考えてみたら、それでも全5話になりそうな感じで、その自分の能力のなさにうんざりして、ちょっと気分を変えるために他のことを書こうと思って、キャサリン・ヘップバーンについて書いてみたが、なんで?なんでマラカテでキャサリン・ヘップバーンなの?って思ったら何を書いていいのかわからなくなって、そして何も思いつかなくなった(笑)

まぁ、ゆっくりと書きますよ。

*********************

信越五岳のエントリー開始日は5月1日だった。ハセツネのエントリー開始日は6月1日だ。
信越五岳がエントリーできた時点で僕は、今年のハセツネは見送ろうと思っていた。
両方エントリーすれば110kmのロングトレイルを走った1ヶ月後に71.5kmを走らなくてはならない。
また、今年はUTMFの日程が4月から9月に変更になった関係で、ハセツネの日程も変更になった。
例年より3週間遅い開催になり、気温が低くなることや、3連休に行われていたのに土日で開催されることなど、例年よりも厳しい条件となることは明らかだった。

それでも僕はエントリーしてしまった。

信越五岳を完走するためには、かなりがんばって練習しないといけないわけだから、当然、僕の地力は上がるはずで、そうなればその勢いでハセツネもいけるだろうと考えた。かなり前向きだ。能天気ともいえる。まぁ、どうせエントリーしてもしなくても後悔するようなレースだから、それならエントリーしてみるかと思った。

そんな感じでエントリーしたものの、信越五岳を何とか完走して、身も心も腑抜けになっていた僕は、ハセツネ2週間前の最後の試走で、まさかのリタイアというグダグダな状態に仕上がっていた。
これ、練習だし、まだ時間的に余裕もあったし、怪我したわけでも体調不良になったわけでもないのに、途中でやめてしまった。しかもまだ予定の半分の距離も進んでいない。
なんというか、山のアップダウンをこれ以上進むことに、心の底からうんざりした、というのが主な理由だ。

終わってる。そんな理由、マジで終わってる。今までそんな理由でレース直前の山練をやめたことなどない。いくら僕がゆるくても、ヘタレでも、さすがにそんなことはない。
やはりロングトレイルなんて年に1回が限界だな、2ヶ月連続でやるもんじゃないよ、こんなの、と思いながらどんよりと2週間を過ごした。

今までと違い、あまりやる気もなく当日を迎えた。現地まで電車だと2時間かかり、車だと1時間で行けるので車で行きたいのだが、駐車場を確保するためには深夜とか明け方とかに家を出ないといけなくて、そんな気力はもはやない。
なので現地最寄り駅の3つ手前に車を置き、そこから電車で行くことにした。

そのおかげで当日ゆっくり準備することができた。途中でお腹の調子が悪くなり、それでも家のトイレで快適だし、なんかこのままお腹が痛いの治らなくてDNSでもいいかなぁ、なんて思っていた。
まぁ、そういうわけにもいかずに何とか家を出て現地へ向かった。

受付を済ませて体育館へ。K12R2さんが陣地を設定してくださっていた。ありがとうございます。
かなり久しぶりのhideさん。1年以上お会いしてなかったような気がする。相変わらずの飄々とした感じがいい。
それにしてもやっぱりハセツネ。ざわざわしている体育館の中でもピクリともせずに仮眠している猛者の方々を見ていると、自ずと緊張してくる。

その後、sadaさんがやってきた。今年の東京マラソンで走っている姿をお見掛けしたくらいで、実質初めまして。

あの、こういうこと言うと失礼かもしれないけど、sadaさんとお話ししたこともないのに、なんとなく親近感を抱いていて、それは、僕は昔から、クマだの、コアラだの、着ぐるみ系に分類されることが多く、そのせいで茶色い洋服を着たり買ったりしなくなったほどなのだが、sadaさんもわりと着ぐるみ系に分類されるのではないか、と勝手に思っていて、まぁ、大柄ではないし、身も締まっている感じなので、マレーグマあたりかもしれないけど、でも、それなのに、なんと、sadaさんはサブスリーランナーなのだ!

これって、知ってるか?ヒグマって100mを6秒で走るんだぜ!と聴かされたときの衝撃と通ずるものがあり、思わず、いいか、お前ら、これからはもう着ぐるみ系をなめるんじゃねえぞ!と言いたくなり、まぁ、それは熊の威を借るアレキみたいになっているけど、とにかくそういう意味ではsadaさんは着ぐるみ系の希望の星なのだ。

え~と、本人にはこんな話はしていないし、了承も得ておりません。どうもすいませんでした(笑)

つづく。
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少年ジャンプ

たしか中学1年の頃に、北斗の拳の連載が少年ジャンプで始まったんだと思う。
で、北斗の拳に限らず、その当時の中学生にとって、少年ジャンプってみんなが発売を楽しみにしているような雑誌だったので、部活の帰りとかに少年ジャンプを読んでいた。お金なんてないからもちろん立ち読みだ。

その当時、僕の住んでいた町にはコンビニエンスストアなんてなかったから、もちろん本屋で立ち読みだ。
ちなみに僕の町に初めてコンビニエンスストアができたのは僕が中学3年生のときで、店名のとおりに7時に開いて、11時に閉まっていた。
それでも正月に開いている店なんて初めて見たから、それはもう衝撃的だった。乾いた海苔のおにぎりだって衝撃的だ。

ってそんな話ではない。

その当時、チェーン店の大きな本屋なんてなかったから、町の小さな個人でやっている本屋で立ち読みをしていた。
町の小さな本屋には必ず目つきの悪い親父店主がいた。金のない中学生が立ち読みするのを阻止するために目つきが悪くなってしまったんだと思う。そんな店主の目を盗みながら立ち読みをしていた。

雑誌なんて外の棚に置いてあるから、冬なんかは少年ジャンプを読んだあとには、凍えた体を温めるために駅前の屋台ではんぺんとこぶを食べて帰った。
はんぺんが20円でこぶが10円だったので30円あれば体を温めることができた。100円玉で買える温もりすら手に入れられない。
無料だからと、からしをたくさん塗りたくって、いつも涙を流しながら食べていた。

中学2年にもなると、少年ジャンプを早く読むために、部活の途中で学校を抜け出して本屋へ行っていたりもした。
この場合、部活の顧問の目を盗んで抜け出さなくてはならないので、本屋の店主と合わせてリスクは2倍に増える。

その当時、世の中に体罰なんて言葉はなかったので、そんなことがばれると、正座とかビンタとかみぞおちをグーで殴られるとかいろいろな目に遭ってしまう。だいたい水飲んだくらいでビンタされるのだから抜け出すのだって必死だ。

そんなリスクを冒してまでも一刻も早く少年ジャンプを読みたかったのだ。

しかし、そんな少年ジャンプだって、いつまでもずっと読み続けるわけでもない。いつか読まなくなってしまう日がくる。
それは少年ジャンプがおもしろくなくなったわけではなくて、僕の心が変わってしまっただけだ。

18歳とかあたりで読まなくなったと思う。
18歳の僕は、友情・努力・勝利といった物語を必要としていなかったし、乳首NGという方針にも賛成しかねていたからだ。

だからワンピースとかスラムダンクとか読んでないんだよね。まぁ、スラムダンクは誰かの家にあった単行本で読んだけど。

で、ここまでが前置きというか、ここまで書いたものは今日の話にあまり関係ない。無駄な文だ。
僕の記事が無駄に長いという典型的な例だ。

でも、たとえば『僕は君が好きだ』ということを伝えるために、ロシアの小説家だったら1500ページくらいの物語を書くかもしれない。
ロシアなんて恐ろしく寒くて長い冬だから、家の中で1500ページくらいの読み物でも読んでないと春はやって来ないのだ。

なんてことを思いながら自分を正当化してみた。

あれ?なんの話だ。
あぁ、少年ジャンプだ。

ブログ村マラソンカテを見つけたときも、その中学生の頃の少年ジャンプと同じような気持ちになった。
もう、いろんな人々の記事の更新を待ちかねていた。しかも少年ジャンプは週刊だけど、ブログ村マラソンカテはほぼ毎日更新だ。
楽しみで楽しみで仕方なかった。初めてブログ村の人々に出会えたときなどはすごい緊張して、すごい嬉しかった。

これがその時の記事なんだけど、僕の記事の初々しさが眩しい(笑)

で、自分がブログを始めたのも、ブログ村マラソンカテの人々と同じ場所にいたい、と思って始めたんだと思う。
実際に交流するとかしないとかではなくても、ただ同じ場所にいたいという気持ちかな。だからとある村とかよく意味がわからないな。それってどこ?とか思う。

しかし、かつて僕の心が変わって、少年ジャンプをそれほど楽しく感じなくなったときのように、ブログ村マラソンカテを楽しく感じなくなったとしたら、それは僕自身がブログを書くという行為も楽しく感じなくなるんだろうな、と最近ブログを更新しない間にそんなことを思った。

だからしばらくブログを更新するつもりはなかった。さいたま国際の記事もとりあえずは書くつもりはなかった。

ただ、さいたま国際のあとに、R2さんとぽんこさんとスベオトさんと一緒に飲んだんだけど、僕が今のような話をちょろっとしたときに、スベオトさんが、アレキさんは、もうそういうことではない、みたいなことを話してくれて、なんかその話に妙に納得して、いや、詳しくは酔っぱらってたからあまり覚えていないんだけど、でもそれで久しぶりにブログを更新することができた。

僕が初めてブログ村マラソンカテの人々と出会った日に、スベオトさんもその場所にいたから、だから、なんか感慨深かったというか説得力があったというか、そんな気がする。

とまあ、あまりまとまりがなくなってしまったが、そんな感じ。

これって前半の話はいらないくらいどうでもいいことなんだけど、意味のないものほど書いてて楽しかったりするんだよね。
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17

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さいたま国際とか少年ジャンプとか

お久しぶりです。

日曜日は、さいたま国際マラソンのボランティアに行ってきました。

初めてのボランティアは沿道整理という任務に加え、37kmの看板を持つという大役を仰せつかりました。

こんな感じで。
20151115IMG_1808.jpg

いやぁ。けっこう楽しかったよ。
最初は、ほら、え~看板重そう、これもって3時間以上?とかって思ったけど、でもさ、ランナーの人が通り過ぎるようになると、みんながこの看板に注目して、さらにはここでラップタイムを手動で刻む人も多くて、ピッピピッピ僕の横で音が鳴るから、あぁ、オレってランナーの皆さんのお役に立ててるんじゃん、つーかかなり重要な役目なんじゃんって思うことができて、充分な自己満足感を味わうことができた。

走られた方々、おつかれさまでした。

一般道でマラソン大会を開催するって、平和じゃなきゃできないなぁ、と思った。
危機管理のしようがないと思う。ランナーもスタッフも一般市民の皆さんも性善説から始めないとできないよなぁ、と普段走ってるときには感じないようなことを思ったり、とは言え、地域住民の方々からすれば道路を横切れないということはかなりのストレスになるわけで、たまに怒られるということもわかった(笑)

ランナーの皆さんには常時声をかけつつ、知り合いはもちろん、ブログ的に全然絡んだことがないような人も、たぶんそうかな?って思う人には名前を呼んで積極的に声をかけた。誰?お前?って思われたかもしれないけど、お祭りだから。

三升さんが走ってて、ブログは消えちゃってたから、どうしてるのかなぁ、なんて思ってたけど、元気そうだったのでよかった。

たぶん、ゆるりんさんと思われる方にも声をかけることができて、会ったことないのであれだけど、返してくれたので、ゆるりんさんだと思う(笑)

ふらっとさんは余裕の走りっぽかったし、コッコさんやワタナベさんの必死の走りはなんかかっこよかったし、たまさんはたまさんだった(笑)

そんな感じで第一回のさいたま国際マラソンに初めてのボランティアで参加することができて楽しかった。

みんながフルマラソンを走る姿を見て、オレもがんばろう!

とは思わず、やっぱ、あれだな、フルはつらいな、無理無理、と思った。

それより何より、信越やハセツネで20時間以上動くよりも、路上で5時間立っているほうが身体にダメージがあるということがびっくりした(笑)
ぎっくり腰になりそう。

あぁ、少年ジャンプのこと書く時間がなくなった。
いや、少年ジャンプというかこのブログを更新していなかったときに思っていたことを書こうと思っていたんだけど、時間の都合でとりあえずパス。

まぁ、それじゃ、あれなんで触りというか結果というか。

以前、あやたさんが更新しなかったらインポイントなんて入るわけないみたいな記事を書いていて、いや、あやたさんなら人気者だから更新しなくてもポイントが入るはずだなんてコメントがあったりしたのを読んだことがあるけど、ありがたいことですよね、10日も更新していないのに、こうやって毎日誰かが応援してくれるのが目に見える形でわかる。インポイントが100になった日なんかは、いい大人がちょっとしんみりしてしまいました。

本当にいつもいつも応援ありがとうございます。
20151115IMG_1812.jpg

あやたさんはすごい人気者だから、更新しなくてももっともっとみんなが応援してくれると思うよ。

あと、ここで言うこともないけど、大きくジャンプするには、まず大きくかがみこまないとジャンプできないからさ、次だよ、次。

来週のつくばはまだ迷い中。
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05

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お告げ

右脇腹が痛い。

じっとしてれば痛くないけど、動くと差し込むような痛みがある。

6月頃にも痛かった時があって、それをネットで調べると内臓系の病名がゴロゴロ出てくるので何かのついでにCTを撮ると何の異常もなくて、7000円で安心を購入した。

その後、痛みは治まっていたのに、ハセツネの前あたりからまた出るようになってきて、痛みは増している。

ま、僕の推測によればこれはカールのせいだろうと思う。
体重が減らないのも、ハセツネで脚が動かなくなったのも、右脇腹が痛むのも、それは全部カールのせいだ。

それでも僕は、カールが好きだ(笑)

今朝、夢を見た。
病院に行く夢だ。診察室に入るとそこにはちょっとイケメンで爽やかな先生がいた。

戸次重幸っぽかった。

うん。ちょっとイケメンだ。

その先生は、僕の右脇腹を触診しながら、どんな痛みなのか?とかいろいろ質問してきたので、それに答えた。

ある程度の話を終えると、その先生は爽やかな笑顔を浮かべて僕の目を見ながらこう言った。

これは、骨ですね。

骨?骨だったんですか?
なんだ。じゃあ、内科じゃなくて整形外科ですね。
そっか、そうなんだ。骨かぁ。

今日の目覚めはスッキリしていた。
骨だもんな。整形外科に行かなくちゃいけなかったんだよ。

晴々とした気持ちで仕事へ向かった。
何とか早く帰れるといいな。そして整形外科に行こう。

駅へ向かって歩いてる途中に、突然気付いた。思わず声に出してしまった。

って、ここ、骨ないじゃん。

やっぱ、イケメンは信用してはいけないな、と思った。

こんなこと書かずに早くレポ書けよって感じだけど、昨日、チャレさんとネコさんのUTMFの記事を読んでたら、あまりの壮絶さに、いつの間にか眠ってしまった(笑)

ないわ。二晩はないわ。
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04

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信越五岳まとめ

ハセツネレポ行く前に、これも整理しておきたかったので先に書いてしまいます。
じらしてるわけではないのです。たいした記録でもなかったしね。

ネコさんがたくさん信越のこと書いてくれているので、それをまとめておきたかった。
ほら、どうせ自分のレポだと長くて読み返さないから、ネコさんのレポのほうが参考になるし(笑)

夏休みの予定
信越五岳
信越五岳スタートしました。
信越五岳5A
信越五岳110kmペーサー無事に終えました。
信越ペーサー最終ランナーを引き受けてから
信越に向かう車中で
信越五岳5Aで...
信越五岳ペーサーその1
信越五岳ペーサーその2
信越五岳ペーサーその3

ゴールしたあとは制限時間内までゴールで応援をした。

といっても2分半で終わりだし、僕の後には2人しかいなかったけど。

最後の人は直前でゴールゲートがわからなかったようで、違う方へ走ってしまい、応援しているみんなが大声で、違~う!こっち!こっち!と叫んだりしてかなり盛り上がった。
結果、間に合ってよかった。

その後はやっぱりしばらく動けなくなり、椅子に座ってボーっとしたりストーブにあたっていたりして、4時半頃に宿へ行くバスに乗った。

後泊が義務で、さらに翌日の閉会式の会場近くに宿があるため、ゴール地点からはけっこう時間がかかる。

バスの中では起きていられず、すぐに眠った。そのバスの中で信越の結果の記事をあげているようなのだが、僕は自分がいつあの記事をあげたのか覚えていない。

途中コンビニに寄ったりもするがバスから降りて買い物に行く気力などない。

5時半に宿へ着き、お風呂とか入ったりしてるうちに6時半になり、夜が明けてから眠りについたが、朝食は8時半なので8時に起きた。
ギリギリにゴールをすると、まあ、このような状態になる(笑)

10時にチェックアウトで閉会式の会場へ宿の車で送ってもらう。
宿の滞在時間、4時間半(笑)

宿でも閉会式の会場でも帰りの車の中でも、とにかくネコさんと何度も何度も本当に完走できてよかったと言い合った。

制限時間の2分30秒くらい前なのだから、ほんのちょっと何かがずれただけで完走は無理だったと思う。

そんな感じで僕の信越五岳トレイルランニングレースは終わった。

信越五岳を完走するには、ただただ走れるところをきちんと走るということだと思う。
信越のコースで、とくに難しいところはない。
練習としてはそんなに山へ行かなくてもいいくらいだと思う。

とにかく先へ先へと走る練習。
ゆるやかな下りとかで、いかに力を抜いて走り続けるとかそういう練習でいいような気がする。

ま、終わってずいぶん経つから、本当はよくわからない。
そもそもレポに書いたとおり、もう駄目だ、と思ったときにはいつも誰かが助けてくれたから、それがなければ完走できなかったので、こうすれば完走できるとかは、僕にはわからないね。

今回のレースに参加したことは、やはり無謀なことだったのかもしれない。

でも、そのおかげでたくさんの人が応援してくれて、たくさんの人が練習につきあってくれて、すごい遠くから駆けつけてくれて、そしてネコさんがサポートしてくれて、こうやって改めて振り返ってみると、とても幸せな時間だった。

そういう意味では、このレースのエントリーを決めたことが、なんか風穴を開ける、みたいなことになったのかもしれないな。

20150925IMG_1759.jpg

本当に皆さん、ありがとうございました。
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03

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【速報】カール出ました!

今さ、当然のようにカール食べてたらさ、なんか違和感があってさ、それがさ。





20151103IMG_1799.jpg

なにこれ~。こんなカールあるなんて今まで知らなかったよ~。ちょー、びっくり!

って記事でした(笑)

ま、これだけだとあれなんで、けっこう前に、妻から、つるつる温泉に連れて行って、と言われていて、それはハセツネのコースでもある日の出山の近くにあるんだけど、山へ行っても風呂など入らずに帰ってくるから僕は行ったことないけど、まぁ、せっかく行くなら三頭山にでも上ってからつるつる温泉に行こうか、みたいなことを話していた。

で、なかなか日程が合わずに行けずにいたんだけど、そしたら今朝になって今日連れて行けという。

はぁ?あなた頭おかしくないですか?ほんの2~3日前の真夜中に、僕はその三頭山の上り下りでのたうち回っていたというのに、今日またそこへ行くのですか?あなた、鬼ですか?と思って、なんとかそれは勘弁してもらった。

そんで奥武蔵へ行ってきたんだけど、日和田山~物見山をちょろっと行ってきた。
5kmくらいの距離をゆっくりと休み含めて2時間くらいかけて歩いてきたけど、ハセツネのときより調子よかった(笑)

妻は最初の男坂のところで逃げ出したくなったそうだ。三頭山に行かなくてよかった。夫婦二人で動けなくなっていたと思う。
とりあえず膝が少し痛むくらいで、脚の方はそれほどダメージはなさそうだ。あとは内臓とか眠気とかそういう疲労かな。

と、まぁ、カールのおまけの記事でした。
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03

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ピンポン

ハセツネゴールしたのが11時半ころで、家には1時半ころには着いた。
洗濯をして、風呂に入って、なんだか寒気がしたので、寝た。
夕方5時ごろ目が覚めて、また夜になって寝て、朝5時半に起きて仕事へ行った。

仕事中は眠いというか身体中の機能が止まってしまったかのように使いものにならなかった。
家に帰ってきてから10時くらいにまた寒気がしたので寝た。
しかし、深夜1時半ころに目覚めると、今度はそこから眠れなくなった。時間がメチャクチャになっている。
ダメージ深いなぁ、と思った。

ベッドで横になり、しばらく携帯を弄んでいて、ブログでも書こうかなぁ、と思ったけど、午前3時にブログを書くとろくなことを書かないということを知っているので書かなかった。
案の定、そんな時間にボーっと起きていることなんてしばらくなかったからか、10代の頃に好きだった女の子のことを思い出したりなんかして、そのことをブログに書こうと思って、それを必死で思い止どめているうちに、朝になった(笑)

6時になったら眠くなってやっと眠ることができた。それで9時に起きた。そして今。

ハセツネのレポを書こうにもそんな時間もないので、夜中にボーっとパソコンを見ていたら、なぜだか僕が昔に書いたものが発掘されたので、それをここに晒しておくことにした。
それだって充分恥ずかしいことだけど、好きな女の子のことを書くことに比べたら全然マシだ。

そんなわけで、たくさんの応援ありがとうございました。レポはもう少し待っていてください。

+++++++++++++++++++++++++

*この記事は僕が32歳のときに書いたもののようです。

『ピンポン』

ちょっと前にテレビで 『ピンポン』 を観た。
これはレンタルしようと思っていたのだが、最近レンタルビデオ屋さんへ行っていなかったので観ていなかった。
この映画の原作は漫画で松本大洋という人の作品である。
僕はもう何年も漫画を読んでいないのだが、この松本大洋の 『ピンポン』 は2年前に買って読んだ。

ちょうどその頃 『青い春』 という松田龍平が主演で松本大洋が原作の映画の記事をたまたま読んだ。
その映画監督の話の中で「この映画にはミッシェル・ガン・エレファントの曲を使わせてくれることが監督を引き受ける条件だった」というのがあったので興味を持った。
さらに記事を読むと、映画監督も脚本家も原作者もミッシェル・ガン・エレファントも同世代だということだった。
記事の終わりでは同世代が共有している空気みたいなものがこの作品を作り上げたのだろう、と書いてあった。

それを読んで軽いショックを受けた。なぜなら僕もその同世代だからだ。
僕と同世代の人たちが厳しい世界で活躍しているのかぁ、と思った。
映画監督とか漫画家とかって僕よりも上の世代の人たちが活躍しているもんだと思っていたのだ。
そういう意味で興味を持って松本大洋の 『ピンポン』 を買って読んだ。

今回、映画を観て、さらにまた原作も読み返したのだが、まぁ映画は映画で面白かった。
でも当然のことだけど原作の方が丁寧に描かれているし、すごく繊細だ。
映画ではペコ(窪塚クン)が主役っぽかったけど原作ではスマイルが主役にも見えるし、すごく微妙な2人の立ち位置が描かれている。
それに最後の大会でペコは膝を痛めるが、原作ではあの膝を痛める部分がけっこう重要な意味があるのに映画ではそこには触れられていなかったのが残念だった。

で、話は変わるけど僕は中学の時に卓球部だったのだが、この漫画を読むと中学3年の最後の大会を思い出す。
最後なんだから関東大会まで行こう!という先生の指示のもと、普段なら個人戦シングルスに出場するのだが僕とパートナーはダブルスに出場させられた。シングルスだとよくて県大出場くらいの実力だったのだ。
当然、各学校の主力選手はシングルスに出場するからダブルスの方が可能性がある。

僕とそのパートナーは県大会まで進み、そこであと一つ勝てば関東大会出場というところまで勝ち上がった。
その関東大会出場をかけた試合の1セット目に僕は、このタイミングで、この角度で、このコースに打ったら誰も取れないだろうというスマッシュを打った。
しかし相手はそれをあっさり返した。
それで僕は「これを取られるんじゃ、無理だ。勝てない」とあっさりあきらめた。
1セット目は当然、負けた。

2セット目に入る前にパートナーが
「さっき返されたやつは偶然だよ。よーく見てみろよ。勝てない相手じゃないから」と言った。
僕はいつも市の大会で2位だった。そしてそのダブルスのパートナーが1位だった。いつも市の大会の個人戦決勝では彼と対戦するけど、一度も勝ったことがなかった。
2セット目に入ってよーく見てみると確かにそんなに実力差があるとは思えなかった。そして2セット目は勝った。

3セット目になると、もう作戦とか、攻め方とか言っていられなくなった。
拮抗した試合と大事な一戦という緊張感と体力の消耗ということから、とにかく拾い続け、打ち続けることしかできない。
何も考えずに体が反応するのに任せている感じだ。
体が勝手に反応するということは単純に練習の量によって決まると僕は思う。

とにかく、まさに「考えるな、感じろ」といった具合だ。

そのまま試合はもつれて最後は何度もデュースになって、そして負けた。
相手はそのまま決勝まで進み、準優勝した。

その中学生の最後の試合のことを思い出した。
別にその試合のことが今でも悔やまれるということでもない。精神的に僕はそこまでの人間だったのだろうと思う。

ただ、あのときのようなすごく張り詰めた緊張感というものは、ああいう場所というものは、今の僕にはもう手に入れることができないのだなと思った。

練習だって辛くて苦しくて先生には殴られるからドキドキしながらやっていたけど、今になるとすごく貴重なことだったのだなって思った。
もちろん、あのときにはそれが貴重なことだとは全然思っていなかった。

ああいう、勝ったときの喜びとか負けたときの悔しさとか、辛さとか苦しみとか、気持ちが悪くなるくらいの緊張感とか、それを乗り越えたときの充実感とか、そういうものはもう手にいれることができないんだなって思った。

ま、今になってそんなものを手に入れることができても、それはそれで困るような気もするけど・・・。

+++++++++++++++

これ10年以上前に書いたものだけど、そしてここで書かれているようなものとは少し違うかもしれないけど、ハセツネに参加することって、これを書いたときの僕にはまったく想像できないような非日常の世界だと思う。

そういう意味では未来に何が起こるのかってわからない。いいことも悪いことも自分の想像の範疇を越えるような出来事が待っているんじゃないかと思う。

まだまだ、これからだよ。
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02

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有資格者

今は通勤電車の中。
身体中痛いけど歩くことはできる。この間の信越のあとも歩くことはできた。

初めてハセツネに参加した翌日は会社を休んだけど、まともに歩けなかったし、ソファに埋もれながら脚が痛くてうんうん唸っていた。

最近思うけど蓄積されていく種類の強さっていうのもあるのかもしれない。

さて、すでに一部のところでは煽りが始まったり、噂されたりしているけど、ここはあえて、機制を制すというか正面突破というか。

人ってほら、自分を確認するために肩書きとか欲しがったりするじゃないですか。
地位と名誉的なもの?部長とか社長とか自治会長とかさ。
何の肩書きもないのにわざわざ自由人っ肩書き付けたりする人とかもいるしね。

ちなみに僕の義父は個人事業主で完全に一人で仕事してるんだけど、シャンプーにはマジックで社長のシャンプーって書かれてあるからね。
それも一番安いシャンプーに。

僕には何の肩書きもなくて、まあ、あまり興味もないんだけど、そういえば昔、ピーター・バラカンの肩書きが音楽愛好家ってなってたけど、それって肩書きなのか?愛好家って。

それで今回ハセツネを完走したことで僕は来年のUTMFにエントリーできる資格を手に入れた。

エントリーの条件は、2014年3月1日~2016年2月28日までの間に開催されたエントリー資格レースに出場・完走し、最大3レースで合計6ポイント以上を獲得していること、だそうだ。

これ、昨年までは2レースで4ポイントだったのがさらに厳しくなった。
ま、これはエントリー資格なわけでその後、抽選になる。
なので必ず参加できるわけではない。

ちなみにハセツネは2ポイント。
昨年までならハセツネを2年完走できれば資格を得ることができた。
キタタンだと1ポイントだ。僕は完走したことないけど。
信越は3ポイント。

距離と累積標高でポイントが決まるらしいのでポイントを得るにはロングトレイルに出る必要がある。

UTMFは富士山の周りを46時間で168km走るという、日本最高峰のトレイルレースと言っても差し支えのないレースだと思う。
近年、競技志向が高まっているのか、それなりの経験や走力がないと完走は難しいレースになっている。

僕の走力ではまず完走はできないし、またチャレンジしたいとも思えないような壮大なレースだ。
エントリー代だってすごく高いからね。半分も行けずに関門に引っかかって涙目という状況が目に浮かぶ。

で、とくにエントリーする予定はないけど、せっかく手に入れた資格なので、僕は今後、ハセツネフィニッシャーでも信越フィニッシャーでもキタタン参加者でも幻のサブ4ランナーでもない、UTMF有資格者のアレキです!と自己紹介しようと思う(笑)
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01

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ハセツネの結果

制限時間24時間で奥多摩山域71.5kmを走るこの日本山岳耐久レース。通称ハセツネ。

3度目の参加になりますが、今回が一番つらかった。醍醐丸(15km地点)でリタイアを確信。
でも、さすがに怪我とかならともかく、そんなところでリタイアする人なんていないのでリタイアする場所と理由を探し続けて22時間19分。

完走できました(笑)

もう、この葛藤というか絶望に次ぐ絶望。私の髪の毛は真っ白になりました。あっ、嘘です。

終わってみれば完走できたと、ここに書くことができて本当によかったです。
信越で、ネコさんにあきらめない、みたいなことを教えてもらえたからかもしれない。

いろいろなところで、気にかけていただいて、本当にありがとうございます。
やっぱりハセツネは、僕の中では特別なレースだと思う。
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