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黄色い太陽とロシアより愛をこめて ラスト

朝、6時に目が覚めると先輩はいなかった。
そういえば今日は子どもと映画を観る約束をしているから始発で帰ると言っていたな。

始発なんて冗談だと思っていたのだが起きられたんだな。
僕は子どもと何の約束もしていなかったのでまた寝た。次に起きたときは9時だった。

後輩を起こして「帰るよ」と言ったら「朝飯食おうよ」と言うので、さびれた喫茶店のモーニングを食べに行くことにした。

外はいい天気で暖かい。僕は気持ちが悪い。太陽が黄色く見える。とてもまぶしい。
朝帰りの太陽にさらされるとドラキュラみたいに溶けてしまうんじゃないかと思う。

公園の近くを通ると運動をしている人や子供連れの家族が穏やかな休日を楽しんでいる。

僕は風呂にも入らず、顔も洗わず、歯も磨かず、気持ちが悪く、黄色い太陽がまぶしくて目も開けていられない。

今日はまだ、鏡で自分の顔すら見ていない。しかも僕はスーツも靴下もコートも着たまま寝ていた。
きっととってもひどい顔をしているはずだ。顔なんか見ちゃだめだ。

僕は後輩と2人でコーヒーを飲みながらボーっとしていた。

よくメチャクチャ飲んですっきりしてストレス解消!なんて言うがとんでもない。

翌日はボロ雑巾のように身も心も疲れ果てる。

しかも無駄に金と時間と体力を使っている。
でも、すっきりしなくても、無駄に金と時間を使い、ボロボロになって初めて僕は
「もっと、まっとうに生きよう」と思うことができる。

僕はいつも黄色い太陽の下で「もっと、まっとうに生きよう」と思えるのだ。

そう考えると、無駄に金を使って疲れ果てて黄色い太陽の中でボロボロの自分と、爽やかな休日を過ごしている人たちを見比べないと「まっとうに生きよう」なんて考えないのかな?

それなら、それでいいじゃないか。
まっとうに生きるために金を使ってボロボロになればいいじゃないか。

家に帰ると『その日の昼ご飯を僕がご馳走する』ということがすでに決定されていた。

ボーナスで貰った小遣い、5万円。

O.P.KINGのDVDとミッシェル・ガン・エレファントのCDとDVD、バック・ホーンのCDを買い、昨日のロシアとの個人的国際交流。
そして家族の昼ごはん。これで4万円がなくなった。
あとの1万円は子供らへのクリスマスプレゼント・・・。

最近、金を使っていない、と以前の日記で書いたがそんなの嘘だ!
でも、まぁ、いいじゃないか。
金なんて使ってしまえ。まっとうに生きるために金なんて使ってしまえばいい。

家に帰ると、そんな僕の心情を知ってか知らずか、2歳の子どもはお気に入りの歌を踊りながら歌っていた。

よぉ~く 考えよぅ~♪

お金は大事だよぅ~♪

う~うぅ♪ う~うぅ♪
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06

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黄色い太陽とロシアより愛をこめて その2

この記事にどれだけの需要があるのかわからないけど続けて更新。
朝5時に更新してみる。

なんで朝5時かというと、たぶん今日はいろんなところでレースがあるだろうから、その会場へ行く移動中とかに、こういうくだらないものを読んでリラックスでもしてもらえれば、なんて思って。

僕は、激励というか、喝をいれるというか、気合をいれるというか、そんなことはできない。
少しでも力を抜いてもらえればよいと思うよ。

ピッチャーがボールを投げるとき、最後のボールを離す瞬間の指先に力が入れば、あとは力が抜けてていいんだよ。
ボクサーがパンチを放つときだって、相手の顎に当たる瞬間の拳に力が入れば、あとは力が抜けてていいんだよ。

だから、いい感じでがんばってきて。
雨だろうが風だろうが、今まで積み重ねてきたものを、出してきて。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

フィリピンの女性の次はロシアの女性だった。
彼女は2ヶ月前に日本に来たそうだ。

少しだけ日本語が話せる。あと英語も。
どのくらい日本語が話せるのかというと僕の2歳の子どもより少し話が通じない程度の日本語だ。

でも彼女はすごく真剣な表情で話をする人だった。
こういう場所で真剣な表情で話をするのがなんか面白かったので僕も気合を入れて話をした。

気合を入れないと話がわからないのだ。

「アナタハケッコンシテマスカ?」
「してる」
「コドモイマスカ?」
「いる」
「オォ!イルノ?ボーイ?ドーター?」
「オール・ボーイズ」
「ボーイズ?オオォォォ!」

てな具合に。
気合を入れるほどの会話じゃないな。

彼女はほとんど英語で、僕は日本語と英単語で話した。僕が英単語を探し出さなくてはならない。
そんなもの思い出せない。酒を飲んで酔っ払いながら英単語を探し出すのは大変だった。

僕が「たくさん」と言ったら彼女が「わからない」と言ったので
僕は「メニー」と言った。

彼女は「オオォ、イッパイ?」と言った。
だから僕は「たくさんといっぱいは同じだよ」と言った。

彼女は「オナジ?」と言った後、席を立った。

どうしたんだろう?と思っていたら、ボールペンを持って戻ってきた。
そしてバックの中からノートを取り出してそれを開いた。

ノートは彼女の文字で埋め尽くされていた。細かい字がとにかくびっしりと書いてある。
当然、僕には読めない外国の文字だ。

そして彼女は余白の部分に文字を書き込んだ。
「イッパイト、タクサン、オンナジ」と言いながら。

彼女は自分で辞書を作成しているのだ。
単純にすごいと思った。

それからも英語、日本語、英単語で会話した。
お互いに話がうまく伝わらず、すごく疲れたが、彼女ももどかしそうにしていた。

彼女は「アナタ、英語、リトルね」と言うので
僕は「ワタシ、日本語、ベラベラ!」と言った。

そしたら彼女も「ワタシ、ロシア語、ベラベラ!」と言ってお互いに笑った。
なんの解決にもならない。
しかし、彼女があまりに真剣に話をするので僕も話し続けた。

僕が「いくつ?」と訊くと「ワカラナイ」と言うので
「ハウ・オールド・アー・ユー」と言うと
「オオゥ、ナンサイね?」と言った。

だから僕は「いくつと何歳は一緒だよ」と言った。
彼女はまたノートを開いて文字を書いた。

長々といろいろ話した結果、彼女は僕の9歳下で、ロシアにはお兄さんとお母さんがいて、お兄さんは僕の2つ上で、ロシアでは英語とクラシックバレエを習っていたことがあって、5月になればロシアに帰れて、日本にはもう一人のロシア人と一緒に来ていて、宇都宮と池袋と六本木に行ったことがあると言っていた。

たぶん、そうだと思う。

お店のお客は僕たち以外はみんな一人で来ていて、それも40代後半から50代前半の人たちばかりだった。
こういうところで生きた外国語を習得しているんだろうか?と思った。
でもこういうところのほうが必死で覚えるかもしれないな。

もし、僕が彼女とちゃんとお話をしたいと思ったら必死でロシア語を覚えるのだろうか?
僕は初めてロシア人と接したが、彼女はとてもきれいで、とてもまじめだった。
こうやって話があまり伝わらなくても彼女の雰囲気は伝わってくる。
彼女の雰囲気だけでも伝われば好きになることもあるかもしれない。
好きになったとしても話をすることができない。どうすればいい?

そう考えると学校の授業で習うから語学を勉強するというよりは
好きな人と話をしたいから語学を勉強するほうが健全なような気がした。

もう、そろそろ帰ろうか、と思ったときに彼女は僕に向かって

「アナタ、スケベデハ、ナイデスカ?」と訊いた。

僕は「はぁ?」とかって思ったけど

「スケベだよ。う~んとね、オール・マン、スケベ」と言った。

彼女は「アナタ、スケベジャナイヨ、スケベ、サワル」と言いながら僕の肩や胸やお腹を触った。

たぶん彼女がそうされることがあるのだろう。

まぁ、そういうことを楽しみにくる客だってたくさんいるだろう。わざわざ高い金を払ってきてるのだから。
そして彼女がもっと日本語がわかっていたらそういう客を軽くあしらうことだって出来ただろう。

それにしてもロシアからわざわざ日本にくるのだからやっぱり日本は金持ちなんだな。
ロシアよりよっぽど金になるんだな。言葉もわからない国に来てまで働く気持ちになるんだから。

そう考えると、たまにこういう店に来て、こんなくだらないことを考えている客の相手しててもダメだな。
何も考えずに女の子をペタペタ触りながら毎週のように来る客を大事にしなくちゃな。

そして、思う存分、『円』をロシアに持っていくのだ!がんばれロシア!

そうやって飲み会が終了し、とっくに終電もなくなっていた。そして都内に住んでいる後輩の家に泊まった。
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05

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黄色い太陽とロシアより愛をこめて その1

いやね、最近、毎日更新できてるから、どんくらい続けられるかな、って思ってるわけですよ。
で、レポって僕はちょっと書くのに時間がかかるわけで、東京マラソンの続きが今日は時間の都合で書けないな、って思ったわけですよ。
なので、なんか他の記事って思ったんだけど、この間、たーはるさんのキャバクラの話を読んで思い出したんですよ。

昔ね。まだブログってものがない時に、レンタル日記っていうのがあって、そこで何年か日記を書いていたことがあるんですよ。
だいたい日に25人とか、そんくらいの人が読みに来てくれるような細々とした感じで続けていて、それでブログっていうものが出てきた頃に、止めたんですよね。

そこに書いていたものはそのまま放置していたんだけど、そしたらある日、すべて削除されていて、そこで書いていたものはきちんと保存とかしていなかったので、二度と読み返せないことになってしまったのです。
でも、まぁ、残念なようなそうでもないような。自己満足の自慰行為だからね。恥ずかしくてそんなの読み返すこともなかったし。

でも、下書きを保存していたりとか断片的なものとか僕のPCの中を探すとそれらしきものがあったりはするわけです。
以前書いたピンポンもそっから発掘したもの。

で、今回のも発掘できたので、まぁ、出してみようかと。貯金を食いつぶす感じで。いや、こんなところに500円玉があった!って見つけたような感じかな。

だいたい32、3歳の頃に書いたものかな。
いろいろ直そうかと思ったけど、そうすると違うものになってしまいそうなのでほぼそのまま出すことにした。
でも、あまり今と変わってなくてあまりの成長していない様に苦笑してしまった。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

今日は朝帰りだった・・・。いや、もう昼に近かった。
朝帰りなんて2年ぶりだろうか?3年ぶりだろうか?

昨日は前の職場の先輩(10以上年上)と後輩(2つ下)との飲み会だった。
新しい勤務先へ来てからというもの、気合を入れて飲むことがなくなった。
はじけてない、はじけてない。

仕事が思うように進まず、待ち合わせに遅れた。

街はけっこう混んでいてどこの飲み屋もいっぱいだった。
こういうときはちょっとこきたない居酒屋を見つければいい。すぐに見つかった。
こきたない居酒屋ってなぜか酔いが早い。いつも不思議に思う。

22時半ごろ店を出た。彼らは当然、この後も行く。
ここ何年かの僕はこの後をいつも断っていた。
この後、行ったら終電の時間も気にならなくなるくらい気持ちよくなってしまうし、それに以前はただでさえ飲み会が多かったからこれで充分だったのだ。

この日の僕はこの先へと向かった。

僕がいないときの彼らは必ずと言っていいほどフィリピンパブへ行く。
僕が行くときは行かない。
それは僕が見知らぬ人と話をするのが面倒なのと単純に単価が高くなるから行きたくないと言うからだ。

この日の僕はそこへと向かった。

行ったお店はフィリピンどころかリトアニアだとかスロバキアだとかロシアだとか、もうすんごいことになっていた。
どの辺にある国なんだかさっぱりわからない。
最初に僕の隣に座った女性はスロバキアの女性だった。

でも彼女は昨日、来日したばかりだった。当然、日本語なんてわからない。
フィリピンの女性が通訳になってくれた・・・。

この3人で、いったい、どうやって会話しろっていうの?

無言のまま、ウィスキーを飲んだ。酔いが回るのが早い。

次に座った女性は別のフィリピンの女性だが日本語がぺらぺらだった。普通に会話ができた。
日本人と話しているのと変わらない。いや、むしろ津軽弁を話す日本人よりよくわかる日本語だった。

ちなみにこのお店を説明すると、ただ単純に女の子が隣に座ってお話をするようなところだ。
女の子はドレスみたいな服かちょっと派手な私服みたいな感じだ。

まぁ、でも客はみんな酔っ払いだし、うまくペタペタと触る客もいるだろう。

僕は26,7歳のときにスナックとかキャバクラとかに行っていたことがあるがそのときも、ただお話をするようなところだった。

そんなところへ行って何が楽しいのだ?と思う人もいるだろう。
この日記って女性の方が多く読んでいらっしゃるみたいだから、きっと呆れることだろう。

でも、そういうところにいる女性の中には天才的な話術の才能を持っている人がたまにいるのだ。
そういう人に出会って話をするとすごく楽しかったりする。僕の話までとてつもなく楽しいものに感じさせてしまう。
もうね、うまく説明できないけど本当に天才なんだ。

そういうのが楽しくて行っていたのだが、まぁ当然のごとくそういう人には滅多に出会わない。
そしてお金もかかるのでやめてしまった。

ましてや外国人ともなると会話するのすら面倒なので僕は行ったことがなかった。

次に座った女性はロシアの女性だった。
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11

03

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ピンポン

ハセツネゴールしたのが11時半ころで、家には1時半ころには着いた。
洗濯をして、風呂に入って、なんだか寒気がしたので、寝た。
夕方5時ごろ目が覚めて、また夜になって寝て、朝5時半に起きて仕事へ行った。

仕事中は眠いというか身体中の機能が止まってしまったかのように使いものにならなかった。
家に帰ってきてから10時くらいにまた寒気がしたので寝た。
しかし、深夜1時半ころに目覚めると、今度はそこから眠れなくなった。時間がメチャクチャになっている。
ダメージ深いなぁ、と思った。

ベッドで横になり、しばらく携帯を弄んでいて、ブログでも書こうかなぁ、と思ったけど、午前3時にブログを書くとろくなことを書かないということを知っているので書かなかった。
案の定、そんな時間にボーっと起きていることなんてしばらくなかったからか、10代の頃に好きだった女の子のことを思い出したりなんかして、そのことをブログに書こうと思って、それを必死で思い止どめているうちに、朝になった(笑)

6時になったら眠くなってやっと眠ることができた。それで9時に起きた。そして今。

ハセツネのレポを書こうにもそんな時間もないので、夜中にボーっとパソコンを見ていたら、なぜだか僕が昔に書いたものが発掘されたので、それをここに晒しておくことにした。
それだって充分恥ずかしいことだけど、好きな女の子のことを書くことに比べたら全然マシだ。

そんなわけで、たくさんの応援ありがとうございました。レポはもう少し待っていてください。

+++++++++++++++++++++++++

*この記事は僕が32歳のときに書いたもののようです。

『ピンポン』

ちょっと前にテレビで 『ピンポン』 を観た。
これはレンタルしようと思っていたのだが、最近レンタルビデオ屋さんへ行っていなかったので観ていなかった。
この映画の原作は漫画で松本大洋という人の作品である。
僕はもう何年も漫画を読んでいないのだが、この松本大洋の 『ピンポン』 は2年前に買って読んだ。

ちょうどその頃 『青い春』 という松田龍平が主演で松本大洋が原作の映画の記事をたまたま読んだ。
その映画監督の話の中で「この映画にはミッシェル・ガン・エレファントの曲を使わせてくれることが監督を引き受ける条件だった」というのがあったので興味を持った。
さらに記事を読むと、映画監督も脚本家も原作者もミッシェル・ガン・エレファントも同世代だということだった。
記事の終わりでは同世代が共有している空気みたいなものがこの作品を作り上げたのだろう、と書いてあった。

それを読んで軽いショックを受けた。なぜなら僕もその同世代だからだ。
僕と同世代の人たちが厳しい世界で活躍しているのかぁ、と思った。
映画監督とか漫画家とかって僕よりも上の世代の人たちが活躍しているもんだと思っていたのだ。
そういう意味で興味を持って松本大洋の 『ピンポン』 を買って読んだ。

今回、映画を観て、さらにまた原作も読み返したのだが、まぁ映画は映画で面白かった。
でも当然のことだけど原作の方が丁寧に描かれているし、すごく繊細だ。
映画ではペコ(窪塚クン)が主役っぽかったけど原作ではスマイルが主役にも見えるし、すごく微妙な2人の立ち位置が描かれている。
それに最後の大会でペコは膝を痛めるが、原作ではあの膝を痛める部分がけっこう重要な意味があるのに映画ではそこには触れられていなかったのが残念だった。

で、話は変わるけど僕は中学の時に卓球部だったのだが、この漫画を読むと中学3年の最後の大会を思い出す。
最後なんだから関東大会まで行こう!という先生の指示のもと、普段なら個人戦シングルスに出場するのだが僕とパートナーはダブルスに出場させられた。シングルスだとよくて県大出場くらいの実力だったのだ。
当然、各学校の主力選手はシングルスに出場するからダブルスの方が可能性がある。

僕とそのパートナーは県大会まで進み、そこであと一つ勝てば関東大会出場というところまで勝ち上がった。
その関東大会出場をかけた試合の1セット目に僕は、このタイミングで、この角度で、このコースに打ったら誰も取れないだろうというスマッシュを打った。
しかし相手はそれをあっさり返した。
それで僕は「これを取られるんじゃ、無理だ。勝てない」とあっさりあきらめた。
1セット目は当然、負けた。

2セット目に入る前にパートナーが
「さっき返されたやつは偶然だよ。よーく見てみろよ。勝てない相手じゃないから」と言った。
僕はいつも市の大会で2位だった。そしてそのダブルスのパートナーが1位だった。いつも市の大会の個人戦決勝では彼と対戦するけど、一度も勝ったことがなかった。
2セット目に入ってよーく見てみると確かにそんなに実力差があるとは思えなかった。そして2セット目は勝った。

3セット目になると、もう作戦とか、攻め方とか言っていられなくなった。
拮抗した試合と大事な一戦という緊張感と体力の消耗ということから、とにかく拾い続け、打ち続けることしかできない。
何も考えずに体が反応するのに任せている感じだ。
体が勝手に反応するということは単純に練習の量によって決まると僕は思う。

とにかく、まさに「考えるな、感じろ」といった具合だ。

そのまま試合はもつれて最後は何度もデュースになって、そして負けた。
相手はそのまま決勝まで進み、準優勝した。

その中学生の最後の試合のことを思い出した。
別にその試合のことが今でも悔やまれるということでもない。精神的に僕はそこまでの人間だったのだろうと思う。

ただ、あのときのようなすごく張り詰めた緊張感というものは、ああいう場所というものは、今の僕にはもう手に入れることができないのだなと思った。

練習だって辛くて苦しくて先生には殴られるからドキドキしながらやっていたけど、今になるとすごく貴重なことだったのだなって思った。
もちろん、あのときにはそれが貴重なことだとは全然思っていなかった。

ああいう、勝ったときの喜びとか負けたときの悔しさとか、辛さとか苦しみとか、気持ちが悪くなるくらいの緊張感とか、それを乗り越えたときの充実感とか、そういうものはもう手にいれることができないんだなって思った。

ま、今になってそんなものを手に入れることができても、それはそれで困るような気もするけど・・・。

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これ10年以上前に書いたものだけど、そしてここで書かれているようなものとは少し違うかもしれないけど、ハセツネに参加することって、これを書いたときの僕にはまったく想像できないような非日常の世界だと思う。

そういう意味では未来に何が起こるのかってわからない。いいことも悪いことも自分の想像の範疇を越えるような出来事が待っているんじゃないかと思う。

まだまだ、これからだよ。
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