06

17

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もずくす

カステラってバンドが昔あって、この間、そのカステラのことを調べたくて「カステラ」ってググってみたら、当たり前のことだけど食べ物のカステラが出てきた。

ちっ、めんどくせーな、と思って「カステラ バンド」ってググった。

その後、SHISHAMOってバンドのことを調べたくて「ししゃも」ってググったら、当然のごとく食べ物のししゃもが出てきた。

ちっ、めんどく(以下略)

そんなわけでバンド名に食べ物の名前をつけるのはできればやめてほしいな、と思った。

ただ、それだけ。

昨日走ったからなんか書いてみるかって思っただけ。
あっ、タイトルは、今食べたいものを書いてみただけ(笑)

8.4km走ったんだけど走り始めの1kmは7:23だった。
1kmでつらくてつらくて3kmあたりでキロ7:45になった。

帰宅ランの走りづらい歩道とか信号待ちとかあるコースならまだしも、昨日走っていたのは市役所が僕のために作ってくれた1周1200mで脚に優しいゴムチップでできた、信号なんてもちろんあるはずもない、インターバルに最適な周回コースである。

いや、もちろんインターバルなんてやらない。

そんなコースでリュックも背負わずにキロ8分が目前になったりしたら、やる気なんてなくなる。
とりあえず5周。とりあえず5周で6kmまではガマンガマンと思いながら走る。
5km過ぎたあたりで少し脚が動くようになって、キロ7:20くらいまで盛り返すことができた。

でも、これ今の自分の最大の力だ。

キロ7分越えで、さらに10kmは走れない。

そして翌日はケツが痛くなる。
先週5km走ってからもケツが痛くなったので、最近はベッドに硬式の野球ボールが置いてあって、寝る前にそれをケツに当ててグリグリしている。

今まではケツが痛くなったら何もせずに痛みが治まるまで走らなかった。
そうまでして走る意味を見出せなかった。

5kmくらいならキロ6分で軽やかに走りたいよなぁ。

ま、とにかく走った。
今月中に見極めたい。

昨日、2013年に同じ年の知り合いが立て続けに亡くなったという話を書いたけど、考えてみたら2013年は僕が初めてハセツネに参加して、完走した年だった。

人生に幕を閉じる人もいれば、人生で初体験をする人もいる。不思議なものだ。
山の中を夜通し移動するという体験は僕が今まで生きてきた中でも強烈な印象を残す体験で、そのときの景色や気持ちの揺れ動きや風や空気の匂いやそんな非日常的な空間が忘れられなくて、その後も毎年エントリーしている。

ここ2年は完走できずに途中でリタイアだ。

やっぱり、ただ参加するだけではダメで、それなりに準備が必要だ。
あのような強烈な体験を追い求めるためには普段からそれに向けての準備が必要なんだけど、まぁ、そういうことを継続的に準備していくことって大変なことだとも思う。

でも、また、あの暗闇の中で絶望しながら歩き続けてみたいなぁ。
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06

16

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復活の狼煙の兆しの欠片の埃

僕の母親は青森の海岸線沿いにある過疎の村の出身で兄弟は10人いる。三男七女。

母親と2歳下の妹だけが中学を卒業すると東京へ出てきた。いわゆる集団就職というやつだ。金の卵。

三丁目の夕日という映画があったけど、あれ観て泣いたと母親は言っていた。
母がそう言っていたので僕もその映画を観てみたけど、純くん、いや、吉岡秀隆のラストの走りのシーンがすごかった。

太陽にほえろの松田優作の走る姿が美しいとよく言われているけど、多くのドラマや映画で見る走るシーンの中で、僕はこの吉岡秀隆の走るシーンが好きだ。
できればあんな風に走ってみたいと思うこともある。できればあんな風に走って人生終えてみたいと思うこともある。

そしたらあの走るシーンは最後に撮影されたんだそうだ。
下駄で走るんだけど足の骨が折れても撮影に支障をきたすことがないようにということで最後に撮影されたらしい。

俳優って大変だ。

話がずれた。
それ以外の兄弟はみんな青森に住んでいる。

だから母親と2歳下の妹は仲がよかったし、僕が子どもの頃に行く親戚の家は叔母の家しかなかったのでよく叔母の家に遊びに行った。

叔母はとても強気で元気で活動的だった。
でも50を過ぎた頃に、いきなり国の難病指定に該当する大病を患って1~2年で死んでしまった。

叔母が亡くなって2週間くらいした頃に、意気消沈していた母親のことが気になって、様子を見に実家へ行った。
そしたら黒髪だった母親の髪の毛の半分くらいが白髪になっていてとても驚いた。

そんな一瞬にして白髪って、漫画とか映画とかそういう中の話だけだと思ってた。

前回僕が青森に行ったのはたしか2013年のことだ。

僕と同じ年の従姉妹が死んで、その葬式に行った。

2013年には4人の知り合いが亡くなって葬儀に参列したけど、その4人はみんな僕と同じ年だった。
だから、なんとなく、僕はいつそういうことが起こっても不思議ではないな、と思うようになった。

もう青森に行く用事ってそういう用事しかないのかもしれないな。

今、これを書きながらエリオット・スミスの歌が流れているんだけど、この人の歌声は優しくて悲しい。

先月高尾山に行ってからちょっと走ったらすぐにケツが痛くなってそのまま全然走ってなかったんだけど、先週ちょっとしたことがあって、そろそろオレも走ってみないとな、と思って5km走ってみた。

走り出した瞬間にやばいと思ったけど、走り終えてからの数日は体調まで悪くなった(笑)
もう走る身体ではないんだと思う。
まぁ、とにかく5km走った。ここはマラカテに属しているブログなので、走ったときにはブログを更新してみようかという気になる。

だから更新してみた。それだけ。

さて、新幹線のチケット取るか。
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05

01

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ブンガクモドキとナナネンメ

先日の記事では皆様にご心配をおかけいたしましてまことに申し訳ありませんでした。

いや、実はというか、そのような記憶の一部を失うというのは初めての体験だったので、これはなんというか書き記しておかなければいけないと思ったのです。
なんつーか、ブンガク少年的な思考で、このまま非現実的な出来事を記憶の奥底に埋もれさせてはいけないと思ったのです。

時をかける少女的な不思議な出来事に巻き込まれてしまったのだろうか、オレ?ってな感じでわりと気軽に書いてしまったのです。

そうそう。まさに気持ちは17歳というか、永遠の17歳であるアレキ少年としては、そのような尾道ノスタルジックである不思議な体験は私自身の問題ではなくて、SF的な何かが私に訪れたのであろうと思ったのです。

まぁ、冷静にというか普通に考えれば50近いおっさんが脳に異常をきたしたともなればそれはもうリアルで現実的な病気の兆候に決まってますよね。
いつまでも夢見る少女ではいられないってなもんです。

そんなわけでとりあえず近所の病院へ行ってきました。
記憶のことはとりあえず1回だけであればたいしたことないよ、といいつつ脳のCTは撮ってくれました。
それよりも最近毎日心臓が痛いというとそちらのほうに興味を持ったようでそちらのほうは一つずつ可能性を潰していく作業をしていこうとなりました。

そんなわけでとりあえず僕は元気です。ホントに心配をおかけしましてすみませんでした。

で、本日5月1日は僕のブログ開設記念日です。
今日でまる6年。7年目に突入です。

まぁ、ろくに更新してないし、走ってもないのに何が開設記念日だ!と思われるかもしれませんが、でも、まぁ、そうなんだから仕方ないよね。

これからも、とりあえずキレの悪い肛門程度の更新でしぶとく続けていくと思いますけど、よろしくです。

で、そんな記念日だから久しぶりに体重計にのってみたんですよ。
年明けに90kgという人生最大の記録を叩き出したあとはまったく体重計ってなかったんですけど、とりあえず記念日ということで。

90.7kgというね。ええ。もうね。PB更新でしたよ。マラソンでPB更新なんて何年もしたことないけど体重は簡単だね。

そんなわけでなんとかしようと、切実に今日は思いました。
だからといって走る気力はない。

つーか、そもそも僕はもうわかってしまったんだよ。
フルマラソンを定期的に走れる状態にしておくことは身体に悪いことなんだよ。とっても悪いこと。もう17歳じゃないんだよ。
だから、僕はもっと健康的な、今後はとにかく健康な人生を送れるように日々過ごしていこうと思うよ。
月間200とか300とか身体にいいわけがないよ。

そんなわけで最近僕が心惹かれるものがこちら。



これ、やっぱおっさんはダメなんだよね?
でもこれ適度でいいと思うんだよな。
看板見る限りあまり痩せはしなさそうだけどさ。
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04

25

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君が僕のことを忘れても僕はかまわないさ

とくに走ってもないので、このままブログを更新するつもりもなかったんだけど、昨日起こったことを書き留めておきたいと思ったので書いてみる。

昨日の夕方、仕事中。
僕は資料をPCの画面で見ていた。

するといきなり脳の中でその資料の画面とか、そうでないものとか、とにかくよくわからないけどたくさんの記憶というか、脳に入っている画面のようなもの、写真のようなものがパラパラとすごい速さで捲れていき、え?なんだこれは?と思った。

あまりに早く画面が切り替わるのでなんだか車酔いのような気持ち悪さというか、頭がグワングワンとしてきた。

少しの間、目を閉じて、それをやりすごしていた。しばらくしてそれが終わったとき、僕の中から記憶の一部がなくなっていた。

まず、机の上に僕がこなさなければいけないいくつかの書類が置いてあるんだけど、それらの処理の仕方がわからない。思い出すことができない。

え?なんで?と思う。

しばらく戸惑っていると電話が鳴ったのでそれを取る。

手続きに必要な書類はなんだ?という問い合わせだ。

今まで何度も答えている質問だ。

でも思い出せない。へ?なんで思い出せない?と思う。
それなのに僕の口からは必要な書類を案内している。

その書類は本当に必要なものなのか、正しい答えなのか、僕自身まったくわからず、自分で、え?それでホントに大丈夫なの?それで合ってるの?と思う。
それでも僕の思いとは関係なく、僕の口からは書類の名前がすらすらと出てきて、話を終えた。

電話を切って、なんだか怖くなってきたので、僕は必要な書類の一覧が書いてある紙を取り出した。

次の電話はその紙を見ながら答えた。
それでもその紙に書いてある書類が何なのか、なんでそれが必要なのかまったく思い出すことができなかった。
ただただその文字の羅列を読みながら、本当にこれで合っているんだろうか、と思っていた。

電話を切ってから、机の上にある書類を手に取って中身を確認してみた。この書類の処理が自分の仕事だということは理解できる。でもこの書類を処理するために何をすればいいのか、ということを思い出すことができない。
それであればと思い他の書類を手に取る。いろいろとこなさなければいけない書類は他にもある。

思い出せない。そもそもこの書類が何を意味するのかよくわからない。

こえーな。オレ、こわい。

と思った。

よくわかんないけど脳梗塞とか若年性アルツハイマーだとかそういった病気の兆候なんだろうか?

記憶はまったくなくなるわけでもない。
脳の中に雲がかかっていて空が見えない。
雲に厚く覆われているときはまったく空は見えないけど、雲はゆっくりと動いていくし所々薄い雲もあるから、うっすらと空が見えるときもある。

そんな感じだ。

不安なまま仕事を続けていたんだけど記憶は曖昧なままだし頭のぐワングワンもひどくなってきたので、この症状を周りの人に話してみた。

いったいオレどうしちゃったんでしょ?

上司が、病院に行ったほうがいいんじゃないの?たまたま明日お休み取ってるんだから病院行ってみたら?と言った。

え?オレ明日休み取ってるんですか?え?なんで?

自分が明日休みを取っていたことを覚えていない。わざわざ休みを取ったということは銀行へ行くとか平日にしかできない用事があったからだと思うけどその用事もなんなのか思い出せない。

あれ?そもそも明日はなんにちだ?つーか今日はなんにちだ?あれ?今は何月だ?

オレ何の用事で休むんだろう?子どもの学費でも銀行に払いに行くのかなぁ?と呟くと同僚からそれはこの間払ったって言ってたよと言われ、え?オレもう金払ったんですか?そうか払ったのか。全然覚えてない。

そんな感じで仕事を続けていたんだけど仕事になるわけもなく、しかしたまった仕事をそのままにするわけにもいかず適度に残って仕事をしていたんだけど、だんだんと少しずつ雲が薄くなってきて、空が見えるようになってきた。

あっ、これで治っていくのかな?と思いつつ、いったいこれなんなんだろう?理由もなく始まったということはまた始まることがあるのだろうか?今度はもっとひどいことになるのだろうか?
それともそのひどいことっていうのは、今で、だんだん回復しているように思えるけど今からもっとひどいことになったりするんだろうか?

考え出すとキリがない。

それでも帰る頃には雲はうっすらと覆うだけで空が見えるようにはなってきた。
記憶は何となく曖昧だけど、いろんなことを思い出せるようにはなってきた。
ただ曖昧なだけにそれが正しい記憶なのかどうかがいまいちよくわからない。

帰りの電車の中で携帯をいじっていた。
ハンサムネコさんの記事を読んだ。

ネコさんの記事は昨年の奥三河パワートレイルの記事だった。

あぁ、オレ知ってる。それ知ってる。それ覚えてるよ。わかるわかる。
ネコさんの記事を読みながら、僕の頭の中から雲がなくなり空は澄み渡り、太陽の光が差してきた。
晴れやかな光とともに、僕の記憶がくっきりはっきりしていくのがわかった。

電車の中でちょっと泣きそうになった。

最寄り駅について自転車置き場に行くと僕の自転車がなかった。
あれ?自転車盗まれたのか?と思った。

自転車置き場の僕の自転車があるであろう場所の前で5分ほど立ち尽くしていた。
5分後に今朝は雨が降っていて、子どもに駅まで車で送ってもらったんだということを思い出した。

僕は脳ドッグはおろか人間ドッグも受けたことはない。
毎年会社でやってくれる健康診断は受けているけど。

こういうことあると考えちゃうな。
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03

06

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反応ゼロ

めんどくせー バカに自由だ
めんどくせー ひどく自由

『反応ゼロ』



ブログってそもそも公開しているから誰かに読まれているってのが前提なんだけど。
さらにマラカテに登録してるってことはマラソンに関連するようなことを誰かに読んでもらうってことが前提なんだけど。
だから走らなくなると途端に書くことあまりなくなって、まぁ、それはそれである意味正しいというか、うまくできてるよなって思う。

ただ、あまり、誰かに読まれてる、誰かに読んでもらってる、ってことを意識すると、書きたいことも書けなくなるかもしれないし、だからといって書きたいこと書いて嫌なら読まなきゃいいじゃん、とも言いたくないし。

そういった匙加減は難しいよね。

以前からブログを書いているときに、すごく個人的な事柄を、誰にもわからないように、自分のためだけに書き記したいと思うときがあって、そういうときに誰にもわからないように、そして自分にはわかるように書くということを試してみることがある。でも、それはとても難しい作業だ。

まぁ、そんなのわざわざブログに書いて公開しなきゃいいじゃんって話なんだけどさ。

ただ誰にもわからないように書くのでは読んだ人がモヤモヤするだけで終わってしまうから、自分のために書いた核みたいな部分は誰にもわからないように、それでいてそれ以外の部分は読んだ人が何となくわかるように書けたらいいな、と思ったりする。

もっといえば、自分のために書いた核の部分が、読んだ人にとっては僕が頭の中で具体的に思い描いた事柄とは関係ない何かに変換されて、それが読んだ人の中にスッと入っていけばいいなぁ、と思う。

そんな文章を書くにはどうすればいいのか?

そんなことできるか!(笑)

まぁ、でも以前はそういったことを書きたいと思うとそれを試してみることがあった。
それはなかなか厄介な作業だし、実際に書いてみると、不格好な粘土細工みたいですぐに叩き壊したくなるようなものになるんだけど。

最近はそもそも何かを書きたいと思うほどブログを更新したいと思えないので、そんなものを書きたいと思うことはない。

ただ最近数日更新していてせっかくだから今日も何か書くかと思ったけど、今日は誰にも知られたくないような事柄を誰にもわからないように書きたいと思って、でもそんなもんどうやって書けばいいんだ?と思ったら、以前はそんなこと思いながら書くこともあったなぁ、と思い出した。

個人的には、説明だらけの文章に優しさは感じないし、あまりにも説明がない文章は不親切だし、難しいよなぁ、と思うけど、そもそもそんなことじっくり考える必要があるのか?ということでこの話はおしまい。

あのときの景色は忘れないから、今日の景色も忘れないだろう。僕の暇つぶしの人生はまだ続くようだ。
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