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とどめをハデにくれ

Theピーズの曲に『とどめをハデにくれ』って曲がある。

世の中とか要らねー 飛び散ろうぜカスのまま
丸くなるよりオラ消えるぜ 跡形もなくあっさり消える


生きてる価値もないようなカスなんだから消えちまうんだ、だからとどめをハデにくれってことなんだろうけど、そんなネガティブ感満載の歌詞なんだけど、まぁ、そのネガティブ感満載の歌詞が僕は大好きなんだけど。

でも、この曲はリズムもギターのリフもうねるベースもみんな跳ねてて、シンプルに生命力の強さを感じられる曲なんだ。
まぁ、歌は多少やけくそ感はあるけど、それでも勢いというか、抑えきれない叫びの衝動というか、そんなかっこいいもんではないかもしれないけど、でも、ただのネガティブな曲ではないことはたしかだ。

動物?生物?は種の保存というものが一番大事なことだから、それに向かって生きていくだけで無駄なことはしない。

だけど人間はなぜだか感情があるから、無駄なことばかりする。

だから人間は、いや、他の人間は知らないけど、僕は同時に相反する感情を持つ。

生きたいと死にたい。

やりたいとやりたくない。

会いたいと会いたくない。

僕の中で相反する感情が同時に現れ、その時々で行動が変わる。
そこに一貫性はなく、ただただ無駄な時を過ごす。

もう何度も何度も無駄に時を過ごして、もう何十年も経ってしまったよ。

でも、そんな思いを持つことができるのが人間だ。
ある意味では愚かな生き物だし、ある意味では崇高な生き物だ。

何が言いたいのかよくわからなくなってきたな。

僕はもう何十年も、生きたいと死にたいを同時に持っていたし、これからも持っていくだろうと思う。
やりたいとやりたくないも、会いたいと会いたくないも一緒くたに持っていくだろうと思う。

そんな風なのが好きだから。RPGみたいにどんどんレベルが上がっていくだけなんて信じてないから。

Theピーズは2年前に日本武道館でライブをやって以来、一度もライブをやっていない。
いろいろな事情があるんだろうけど、でもTheピーズファンは気長に待つだけだ。

B&Voのはるは一人で弾き語りみたいなライブをやっていたけど、僕は一度も行ったことがない。
やっぱりバンドが観たいし。

何となく最近、少しだけ朧げに復活に向けての動きが見え隠れしていたので、ふんわりと気長に楽しみにしていたのだが。

まさかのこのニュース

ふぬけちゃうなぁ。

でも、まぁ、待つしかないな。また気長に。

挑戦したいと逃げ出したい。

これもいつも持っている。

挑戦したいと逃げ出したい。

挑戦する自分も逃げ出す自分も好きだ。
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水素魔竜アレキング

しれッと更新してみる。一瞬の気の迷いでもある。

タイトルは昔、ガイキングってアニメがあって、まあ、そんな感じ。

いつだったか水素水について書いたけど、あのあと、水素水を飲むようになったのよ。

そしたらね。

したっけさぁ。

水素水飲んで3日目に、まぶたのところにあったイボみたいな脂肪の塊みたいなよくわからない突起物が、引っ張ってもつまんでも取れる気配すらなかったそれが、消えてなくなったんですよ!

これには僕も思ったね。ああ、これだなと。

それ以来、ほぼ2ヶ月。週に3日くらい水素水を飲んでいる。日に1リットルは飲むね。
そんな感じで今までに感じた水素水の効果ってやつを皆さんにお知らせしたい。

いや、僕なんかホントは毎日でも飲みたいよ。水素水。
つーか、こんなに効果のある貴重な情報をブログで皆さんにお知らせするのがもったいない気持ちでいっぱいだよ。

でも、僕のブログはみんなのブログだからね。たぶん。

それではいってみよう。

・痛風の痛みが出ても0.5%くらいは痛みが減った。
・逆流性食道炎の症状が出たときだけ薬を飲んでいたけど、今まで5日に1回くらいの割合が7日に1回くらいになった。
・首筋にポツポツできてるイボみたいなものが何となく小さくなったような予感がする。
・加齢臭が減少したように思えるが、家族にはそんなわけないだろ、と言われた。
・スマホとの距離を離せば文字がよく見えるようになった。
・もう7月なのにまったく暑さを感じない。なんなら少し肌寒い日々に感じるくらいだ。水素水効果恐るべし。
・肌ツヤがよくなったような気がしないわけでもない。
・恋をしたい、そしてフラれたい、と思うようになった。決して最近槇原敬之の歌をよく聴いているからではなく、あくまでも水素水効果だ。

まだまだ効果はたくさんあるけど、今日はこの辺で。

なんて有用な情報なんだ。

みんなも試してみてくれよな。
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30分運動

20代の頃はちょっとした運動で痩せられた。

痩せられたというかちょっと太ってもちょっとした運動で元に戻せた。

そんなときにやる運動とは家で30分くらいやる筋トレ的なものだった。
腕立てとか腹筋とかスクワットとかあとは2~3kgの鉄アレイとかを使ったりする簡単な運動。

いちいち着替えて外に行くのは面倒だし、スポーツジム的などこかの場所へ行くのはもっと面倒だし、家の中で30分だったら気が向いたときにできる。
それを週に4~5日やっていればよかった。

その30分運動のメニューは時とともに変わっていった。
四つん這いになって脚を上に蹴り上げるだの、捻り腹筋だの、ピッチャーズスクワットだの、誰かに勧められたり雑誌でみたりしたものを取り入れたりした。

ただ、30分という時間は不変なので、何かを取り入れれば何かを削り、そうやって取捨選択しながら、その時々のメニューで、気が向いたときに家の中で30分、運動をしていた。

40歳を過ぎて、そんな家の中での30分の運動なんて何の効果も現れないようになった。
穴の開いたボートに乗って、湧き出る水をコップで掻きだすようなものだ。

加齢って恐ろしい。

そんなわけで走り出した。でも気が向くとその30分運動も補助的に行った。
30分運動はメインからサブへ降格したので、走ることを目的に、走ることに寄り添うようなメニューへとマイナーチェンジしていった。

そのうちに走ることもそうだけど、身体が気持ちよくなるというか健康でいられるための運動へと変わっていった。

たぶんだけど、そのカギは肩甲骨と股関節なんだろうと思って、僕の30分運動はストレッチ中心のものへと変化していった。
ま、痛風と逆流性食道炎に効果のある運動がわかれば今後はそれ主体のものに変化するかもしれない。

で、僕はメチャクチャ身体が硬くて、それはいくら30分運動を続けてもあまり変わらなかったけど、そもそもこの30分運動を20代の頃から不定期に続けてきて、僕がいつも自分に言い聞かせていることは、やらないよりはマシ!ってことなのでまったく身体が柔らかくならなくても、それはとくにどうでもいいことだった。

最近、またこのストレッチ主体の30分運動を始めて、週に4日くらいやっている。

数年前にその股関節周りのいくつかのストレッチをメニューに取り入れたとき、そのうちの一つのメニューは初めてやるストレッチで、実際にそのストレッチを行っても、それに効果があるのかいまいちよくわからなかった。

他のメニューはなんとなく効いているというかキツッとか思いながらやっているのに、そのメニューはまったくつらくなく、どこに効果が現れているのかまったくわからなかった。

このストレッチはいまいちよくわからないからメニューから削除しようなんて思っていた。

そんなときにたまたま観た映画かドラマで蒼井優が同じストレッチをやっているシーンが流れた。
その蒼井優のストレッチをする姿はとても柔らかく、優雅で、美しかった。

それ以降、何となくそのストレッチを効果的に行う身体の力の入れ具合というか、そんなことがわかってきて、そのメニューを削除するのをやめた。

そして、それ以降、そのストレッチを始めようとすると、僕の隣に蒼井優が音もなくスルスルとやってきて、そのストレッチをとても柔らかく、優雅に、美しく、始めるようになった。

僕はその蒼井優のストレッチする姿をみて、それをお手本にそのストレッチをやるようになった。
身体の硬い僕は30分運動の中でもストレッチが一番憂うつだったのに、その時間が楽しみになった。

そんな感じで30分運動を続けているのに、なぜだかここ2~3日前から蒼井優が僕の前に現れることがなくなってしまったのはいったいどうしてなんでしょうか?
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愛の世代の前に

いや、なんとなく浜省っぽい硬派な感じにしたくてこのタイトルにしてみた(笑)

浜田省吾って僕が中学生の頃に聴いていた。
アルバムでいうと「ダウン・バイ・ザ・メインストリート」の頃だと思う。

以前も書いたけど、中学2年生の僕はドンペリニヨンがお酒の名前だと知らなくて、浜田省吾の「マネー」という歌に出てくる「最高の女とベッドでドンペリニヨン」とう歌詞を聴いて、最高の女とベッドで何をするんだ?と妄想に耽っていた。

「J.BOY」くらいまでは聴いていたけど、その後は聴くことはなくて、その後、働き出したときに、僕の面倒をみてくれた先輩が浜田省吾の大ファンだった。

僕は人のことをめったに好きにはならないけど、めったに嫌いにもならない。
そりゃ、できれば関わりたくないとか気に入らないとかそういうことはあるけど、そういう人たちだって何かしら気になる部分はあるし、心の底から嫌いだ!話もしたくない、顔も見たくない、みたいな人はそうそういない。

たぶん今までの人生で思い浮かべる人は1人だけだし、その人と関わっていたのももう25年以上前のことだ。

で、その浜省好きの先輩もまぁ、なかなか面倒でかなり嫌いだった。
会社で働き出してから、違う部署なのに毎日昼に連れ出され、月に2~3回は飲みに連れていかれ、その席でまぁいろいろとここで長く働くためにはみたいなことを延々と聞かされてうんざりしていた。

あの当時の飲み会なんてこちらに選択権なんてないから、たとえばその頃の僕はお酒が飲めなかったけどお酒を頼まないことなんてできなかったし、2次会を拒否することもできなかった。
僕のグラスに注がれたビールがまったく減らないのに、先輩はビールの瓶を手に持ったまま、ほら、早く飲まないと手が疲れちゃうよ、みたいなことがあるよね、やっぱ。昔はさ。

それに比べれば今の飲み会なんて楽勝だ。まぁ、でもたぶんそういうつらい思いをしないと得られないこともあるんだよ、きっと。
と自分に言い聞かす。

で、その当時はカラオケボックスなんてものがチラホラできていたころだったので、2次会はカラオケ一択だった。
なんだろう?愛は勝つとかそれが大事とかビーズとかテーボランとかそんなのをみんな歌ってたのかな?
そういうのをケッと思いながら聴いていた。早く帰りてーなーとか思いながら。

その浜省好きの先輩はやっぱり浜省を歌うわけなんだけど、浜省はオレたちの気持ちをわかっている。オレたちサラリーマンの気持ちを代弁してくれる歌だ!と言って「J.BOY」を歌うんだ。

僕は、浜省ってサラリーマンやったことあんのかよ?ここにいるオレたち全員の年収分より稼いでるんだぞ?と思ったけど、もちろんそんなことは言わなかった。

いつだったかたしか浅草に飲みに連れてかれてその帰りだったと思う。先輩はかなり酔っていたんだと思う。
いくら僕の面倒を見ても僕が従順にならないので腹が立っていたんだろうと思う。

先輩は、僕を壁に押し付けて、僕を殴ろうとした。
拳は僕の顔の脇をすり抜け、その後ろの壁を殴った。

まぁ、だからいわゆる壁ドンである。僕は四半世紀も前にすでに壁ドンを経験していた。

で、その壁を殴りつけた先輩は、僕に向かって一言言った。

「オレの叔父さんは昔プロボクサーだったんだよ」

へ?

僕がその先輩のことを心底嫌いにならなかったのは、たぶんこのことがあったからだと思う。

とりあえずこれは「J.BOY」を聴きながら書いた。

愛の世代がなんなのかわからないけど、世代的には、今年ももう半分経ったけど後半はがんばれるといいな。
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かませ犬(雑誌編)

僕は雑誌を買うと、その雑誌を隅々まで読まないと気が済まない性質だ。

自分がバンドをやっていた20歳の頃に買っていた、バンドやろうぜ、とかって雑誌も最後のほうに載っているメンバー募集のページまですべて目を通していた。
メンバー募集の3割くらいは当方Vo、全パート募集という都合のよすぎるものだったけど、それでも楽しく読んでいた。

走り始めた頃も、ランニングマガジンクリールを年間定期購読したことがあるけど、それだってすべて読むから、それを読むために今日はランオフという、走るために買った雑誌なのに、その雑誌のためにランオフにするという訳のわからないことになっていた。

そんな感じでボクシングマガジンもすべて隈なく読んでいた。

最初のカラーのページでは世界戦の結果とか世界戦への意気込みとかわりと華やかな世界が描かれ、中盤以降はモノクロのページになって、あの当時は東大出の浜木綿子の息子で役者をやってるらしいという認識でしかなかった香川照之がなぜかコラムを書いていたり、日本で行われた試合の1ヶ月分の結果が載っているページでは、ちょこちょこ矢尾板貞雄の解説文が載っていて、それがとても厳しいけど的確で、あと最後の20ページくらいは延々とボクシングジムの広告のページだった。

そのボクシングジムの広告まできちんとすべて読んでいて、ちょうどその当時、僕は仕事で都内を回っていたので、どこかの駅に降りるたびに、あぁ、ここには○○ボクシングジムがあるなぁ、とかわかっていたし、仕事の合間に余裕があれば、そのボクシングジムを探しに行ってみたりもした。

子どもの頃はボクシングは漫画の中の世界で、あしたのジョーとかリングにかけろとかがんばれ元気とかを読んでいたけど、現実のボクシングは当然のことながら漫画とはかけ離れていたので観てはいなかった。

でも鬼塚勝也とか、あとはやっぱり辰吉丈一郎が出てきたころから、ちょろちょろ世界戦とかをテレビで観るようになり、そのあとくらいから日本タイトルとかノンタイトルとかの試合も熱心に観るようになり、ボクシングマガジンも購入するようになった。

その当時、各テレビ局(日本テレビ、TBS、フジ、テレビ東京だったかな)は毎週深夜にボクシング放送をしていたのでそれらを録画して観ていた。

たしか日本人初のミドル級世界王者になった竹原慎二の世界戦もテレビ東京での深夜の録画放送で、さらに会場は世界戦なのに後楽園ホールで、それでも僕は深夜にそれを観ていて、録画なのに、その快挙に一人興奮していた。
あまりの快挙だったので、翌日だかにゴールデンタイムにまた録画放映されていたと思う。

相手のホルヘ・カストロは完全に観光気分でなめきっていて腹もダボっとしていて、その腹に竹原がパンチを決めてダウンを奪った。

その当時の選手で今でも印象に残っているのは、葛西裕一、渡辺雄二、三谷大和、坂本博之なんかがいるけど、これみんな世界タイトルマッチをやったことはあるけど世界チャンピオンにはなれなかった人たちだ。
そういう人たちのほうが覚えているもんなのかな。

とくに葛西裕一が僕は好きで、とても基本に忠実なボクシングをする人だった。
葛西裕一は何度か世界戦のチャンスを得たけど一度も勝つことはできなくてそのまま引退した。

でも、その十年後くらいに西岡利晃が世界タイトルを手にしたとき、そのセコンドに葛西裕一がトレーナーとしているのを見たときには涙が出そうになった。

西岡は何度も世界戦で負け、大きなケガもあり、それでもあきらめずにやっと世界タイトルを取れた試合だったけど、それでも僕は西岡より葛西裕一のことを思って涙が出そうになった。

友だちと飲みながらボクシングの話をしてると、隣のおじさんに今お勧めの選手は誰だい?と話しかけられて、今すごいのは畑山ってやつですよ。ジュニアライト級で東洋太平洋チャンピオンにもなって、ずっとKO勝ちで、すげえ勢いで相手を倒しちゃうんですよ、ってお勧めしたことがあるけど、畑山隆則は当時、ジムに力がなかったのかテレビで試合を放映されることはなくて、ボクシングマガジンのモノクロの記事で得た知識だったりした。

たぶん1995年から2000年くらいまでかなぁ。そうやって熱心にボクシングを観てたの。
その間はボクシングマガジンも毎月欠かさず購入していた。あれ、全部処分しちゃったなぁ。

今から考えると小説とか単行本とかそういうのより雑誌を残しておくべきだなぁ。
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アレキ

Author:アレキ
走りだして9年目に突入!
そろそろどうにかしないとな。

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